この記事の続きです。
- 「ルックバック」のあの場面をどう描いてもらいたかったか(https://ima.hatenablog.jp/entry/2021/07/22/174500)
(上の記事は何度か追記しているので、すでに読んだ方もできればもう一度確認してみてください)
7月19日に「少年ジャンプ+」で公開された藤本タツキ作「ルックバック」について昨日、作中のセリフなどが一部修正された。
『ルックバック』作品内に不適切な表現があるとの指摘を読者の方からいただきました。⁰熟慮の結果、作中の描写が偏見や差別の助長につながることは避けたいと考え、一部修正しました。
— 少年ジャンプ+ (@shonenjump_plus) August 2, 2021
少年ジャンプ+編集部https://t.co/Vag51clfJc
修正されたところは以下(だと思う。見落としがなければ)。絵の修正はなし。
- 88ページ
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- 初出…新聞記事の小見出し:「大学内に飾られている絵画から自分を罵倒する声が聞こえた」
- →修正後…何かの記事の一部:「誰でもよかった」と犯人が供述して
- 111ページの犯人のセリフ
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- 初出…「オマエだろ 馬鹿にしてんのか? あ?」「さっきからウッセーんだよ!! ずっと!!」「うるせええええええ」
- →修正後…「今日自分が死ぬって思ってたか? あ?」「今日死ぬって思ってたか!?」「なああああああああ」
- 111ページの事件の経過を説明する文字
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- 初出…男はこの時も被害妄想により自分を罵倒する声が聞こえていたと供述
- →修正後…男は最初に目についた人を殺すつもりだったと供述
- 113ページの犯人のセリフ
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- 初出…「ほらア!!」「ちげーよ!! 俺のだろ!?」「元々オレのをパクったんだっただろ!?」「ほらな!! お前じゃん やっぱなあ!?」
- →修正後…「見下しっ」「見下しやがって!」「絵描いて 馬鹿じゃねえのかああ!?」「社会の役に立てねえクセしてさああ!?」
初出時のセリフは幻聴や妄想の精神疾患を表現していて、これは統合失調症患者のステレオタイプ的表現だと感じた。そしてそういう人間が無差別殺人を起こすという展開になっている。これはよくないと思って前の記事を書いたのだった。
あの記事の主眼は「統合失調症の誤ったステレオタイプにもとづく描写はしないでほしい」だったんだけれど、書き方が悪くて炎上気味になってしまい反省している。どういう描写ならそう感じなかっただろうかと考えて、出てきたアイデアも詳しく書いてしまったので「こう修正しろ」「絶許! 描き直して当然!」と詰め寄っていると感じる人が多くなってしまった。「真意が伝わらず誤解を招いた」と謝罪したくなる人の気持ちがよくわかった。
ともかく、今回の修正によって犯人から統合失調症のステレオタイプ的な描写はなくなったと思う。そこは歓迎したい。修正による犯人像の変化とそれが作品に与える影響についても思うところがあるがそれは別の話。
さて、ここからがこの記事のタイトルの話である。
上のツイートの文言は「ルックバック」本編の冒頭にも描かれている。そのクレジットが「少年ジャンプ+編集部」で、作者である藤本タツキの名前がないのが気になった。しかし修正は作者からの申し出であるそうだ。
集英社広報部によると、「作者側から修正したいと申し出があり、編集部と協議の上で決定した」という。修正部分や理由については「説明することで偏見や差別を助長する恐れがあるため、回答を差し控える」とした。
京アニ事件想起か、表現を修正 話題漫画「ルックバック」―集英社:時事ドットコム
どこをどう修正したか、またなぜそうしたかはノーコメント。ツイートでも「作中の描写が偏見や差別の助長につながることは避けたいと考え」とあるが、どの描写がどんな偏見や差別の助長につながると編集部が考えたのかの説明はない。これはたいへん不誠実な態度で、作品を修正した意味がないのではと感じた。
時事通信の記事では「精神障害と犯罪をめぐる描写への問題も指摘され、統合失調症患者を名乗る人からは『人を殺す可能性がある存在として描かれるのはつらい』との抗議が寄せられた」とはっきり書かれている。これを読めば「そう感じた当事者の人がいて、そこに配慮して修正したのね」とわかる。しかしそういう事情を編集部や集英社の広報が説明していない。
ツイートや作品冒頭の「不適切な表現があるとの指摘を読者の方からいただきました」も、具体的にどういう指摘があったのかを示していない。いきさつを知らない人からしたら編集部の対応は、「偏見や差別の助長につながるというクレームがあった」ことだけが示唆されることになる。これだと「圧力に屈して作品を修正した」ととる人もいるだろう。そこから「作品を修正しろと迫ったのは誰だ」となってしまっては、意見を表明した精神疾患の当事者への偏見や差別がかえって助長されるのではないか。
また編集部の書き方や広報の回答は現状だと、当事者に対して「修正したのはあなた方に配慮してのことかもしれないし、そうではないかもしれない」というメッセージにしかなっていない。
この状態は編集部なり集英社の広報なりがきちんと説明すれば改善できる。「ルックバック」に対してどんな指摘があって、編集部はそれをどう受け止めたのか。どこをどう直すことによって、誰に対するどんな偏見や差別の助長を防ぐつもりなのか。そういうことをちゃんと説明して初めて、「ルックバック」をあのように修正した意義が出てくるのではないだろうか。