「ルックバック」のあの場面をどう描いてもらいたかったか(ネタバレあり)(追記あり)

藤本タツキの読み切り「ルックバック」が公開されたのは19日。まだ3日しか経っていないのにものすごい反響である。

「ネタバレあり」なのでこのあと作品の内容に触れていきますよ。見出しだけでは全体像が見えないことがあります。まずリンク先を読んでみませんか?

というかすごい作品なので読んでください。

読みましたか? 読みましたね。

では続きです。

「ルックバック」が傑作であることは間違いない。これは京都アニメーションの放火殺人事件をモチーフにしているという。藤本タツキは「長門は俺」というペンネームを使っていた時代もあるそうで、ここでいう「長門」は長門有希、「涼宮ハルヒの憂鬱」の登場人物である。そしてそのアニメを制作したのは京都アニメーションだった。となればあの事件に思うところも大きかったのだろう。この作品は事件から2年経った翌日に公開された。痛ましい出来事を前にして、それでも自分は前に進んでいくという作者の決意表明であると感じた。

ほかのマンガ家さんたちの感想。「ルックバック」はマンガ家マンガなので皆さん直撃を食らっている。そして表現がそれぞれうまい。さすが。

まとめの中ではこれ↓がよかった。広江礼威先生は優しい。

さて作中、通り魔殺人事件が起きる。その犯人の描写が問題になっている。

犯人のセリフはこんな感じである。「さっきからウッセーんだよ!! ずっと!!」「元々オレのをパクったんだっただろ!?」

この描写は統合失調症にありがちな幻聴や妄想をステレオタイプ(典型的なイメージ)的に表現していると感じた。そしてそういう人間が通り魔殺人を起こす内容になっていたのが引っかかった。こういう人はこういう事件を起こすものと思われてしまうのではないか。案の定、当事者の人々から意見や懸念が表明された。

精神科医斎藤環も下のようなツイートをしている。

統合失調症は現在、適切な投薬によってコントロールできる病気である。幻聴や妄想に駆られて通り魔を起こすようなことはない。しかし「精神分裂病」と呼ばれていた昔から、この種の人間が傷害事件を起こす描写はさまざまな作品でくり返されてきた。その誤ったステレオタイプに乗っかって理不尽な暴力が表現されるのは避けてほしい。

「ルックバック」の劇中、犯人が統合失調症であるという説明はない。しかしそのことをもって、声を上げた当事者に対して「犯人が統合失調症とは限らないではないか、統合失調症に特有の被害妄想だろう」と詰め寄るのは差別と偏見に満ちており間違っている。我々は説明されていなくても作品から情報を受け取ることができるからだ。現にこの作品が京アニの事件をモチーフにしていることは作品中まったく触れられていないが、知れば誰もが納得している。

ではどうすればよかったのか。「犯人は精神科への通院歴があったが投薬を怠っていた」という説明が入れば、少なくとも統合失調症の患者が必ずこのような事件を起こすわけではないと理解されるかもしれない。2011年に栃木県鹿沼市で起きたクレーン車の事故では、てんかんの持病を隠して運転免許を取得した男が薬をちゃんと飲まずに運転し、発作が出て死亡事故を起こしてしまった。このときは日本てんかん協会が「投薬を怠っていたなら非常に遺憾」という声明を出している。

でもよく考えたらこれはダメだ。統合失調症の患者は適切な投薬がないと無差別殺人を起こす可能性があるという誤解が残ってしまう。

では犯人のセリフをなくしてはどうか。それでもあの場面は成立しそうだ。男の後ろに倒れている学生が見えるなどすれば、無差別殺人であることがわかりやすいかもしれない。しかしその場合「元々オレのをパクったんだっただろ!?」というセリフをどうしたらいいだろうか。京アニ事件の犯人が動機として「自分の作品を盗まれたと思った」と語っていたからだ(ただし京アニ社長によると犯人の名前で京アニへ投稿された作品はないという←間違いでした。「「『ツルネ』などが盗用」青葉容疑者が主張 京アニ事件 京アニ放火!:朝日新聞デジタル」によると「容疑者と同姓同名の名前で京アニに応募があった作品は、長編と短編の1本ずつ」。ただし京都府警が作品を確認したが「いずれも盗作と受け取れるような類似点は見当たらなかった」とのこと)。京アニの事件を思い起こさせつつ、それを統合失調症ステレオタイプに寄せず描けるものだろうか。そこは藤本タツキの力量に期待したい。

ともかく、今の作品の状態からさらに工夫をこらすことで、統合失調症への偏見や差別を助長しかねない描写から脱することができそうな気がする。

と書いていたら、もう単行本化が発表されたそうだ。9月3日発売。

さて、くだんの場面は単行本化にあたって描き直されるだろうか。発売が楽しみだ。

追記

ブコメに返答します。

  • id:filinion 私は「あっ統合失調症患者だ!」とは思わなかったけど…。京アニ事件の犯人(患者ではない)が「自分のをパクられた」という思い込みで凶行に及んだ、という現実がある以上、その方向で描くのは避けがたいのでは…。

統合失調症ステレオタイプに従っているので自分はそう感じた、ということです。犯人の「パクられた」をふまえつつどう描くかは作者の力量に期待しています。

そのような診断は出ていません。また劇中の犯人にもそのような説明はありません。「作中の犯人は薬物中毒なんだと思った」という人もいました。しかし専門家も含め、統合失調症の描写であると感じる人が少なからずいるのは確かです。荻上チキ氏も上の増田氏に応答して「悪魔化・患者化された記号としての加害者描写は、(…)幻聴に関連する特定の疾病群に対する偏見を助長する可能性は気になりました」と指摘しています↓。

  • id:ivory105 その顔俺のことバカにしてんだろ!みたいな思い込みで激昂するのよくあるシーンだと思うんだけどそれとどこが違うのか。勝手に統合失調症だって決めつけてる上どう描けば良かったかとか思い上がりも甚だしい

思い込みで激高するシーンはままあると思います。では「さっきからウッセーんだよ!! ずっと!!」はどうでしょうか。いわゆる健常者とされている(精神に障害を来していると説明されていない)登場人物がこれを言い出したら違う話になってくると思いませんか。

「勝手に統合失調症と決めつけている」はその通りです。しかし皆さんも「この作品は京アニの事件をモチーフにしている」と決めつけていますよね、ということを上で書いています。

思い上がっているつもりはありませんが、作品に対して「こうだったらもっとよかったな」という話は普通にしませんか?

  • id:xorzx 「自分の作品をパクられた」=「総合失調症」って固定概念がどうかしてない?【引用者註:以下追記分】妄想する人全てが総合失調症じゃ無いし、妄想しない総合失調症の患者さんもいるだろうに。

妄想は統合失調症の典型的な症状です。

【追記分について】そうですね。妄想している人だから統合失調症と言っているつもりはなくて、妄想と幻聴が統合失調症ステレオタイプだと感じた、と上で書いています。

  • id:gowithyou こういうのを「クソリプ」って言うんだよ。創作物の内容に他人がこうすべきだと口を出すのは思い上がり以外の何物でもない。だったら自分で一から創作してみろよ出来ないだろ?

思い上がっているつもりはありませんが、作品に対して「こうだったらもっとよかったな」という話は普通にしませんか?

  • id:danseikinametaro タイトル見て医者が書いたのか?と思ったら違った。「どう描けばよかったのか」って何様だよ。

あーなるほど、「どう描けばよかったのか」に引っかかるんですね。わかりました。タイトルを「どう描いてもらいたかったか」に変更します。ところで医者が書くのであれば「どう描けばよかったのか」でもOKなんですか?

  • id:versatile なんだかな。あるシーンだけが一人歩きして意味不明な消費のされ方をしていくのはもったいないね。作者には是非またこれくらいの長さの話を描いて欲しい。個人的にはチェンソーマンの続きはどっちでもいいっす

記事中で紹介した記事は残らず「すばらしい作品だがあの場面だけはちょっと…」という書き方になっています。傑作であることは確かだと自分も思います。それだけにあのシーンについて議論することが「意味不明な消費のされ方」だとは思いません。

藤本タツキは短編もうまいので、『ルックバック』の単行本にはほかの短編も収録してほしいですね。あるいは別に短編集を出すとか。

  • id:catan_coton どう描けば良かったか?あのままでいいよ。

もちろんそれも一つの意見です。タイトルは変更しました。

  • id:ajptan 「パクった」という事件の動機に対するアンチテーゼとして作中背景に元ネタを分かりやすい形で散りばめたのでは…と解釈したので、あのセリフは絶対に必要な言葉だったんじゃないかと勝手に思ってる。

そうですねー。意見をふまえてどう処理するかは単行本でわかるでしょう。もちろんなにも修正せずそのまま載せたとしても、それは作者や編集部の判断として尊重します。

さらに追記

斎藤環が「ルックバック」について記事を書いた。

精神障害の当事者が声を上げたのに対して心ない反応が多かったという話は胸が痛む。「『そういうとこだぞ』という反応には『患者が合理的に考えられるはずがない』『稚拙な論理の穴を突いてはずかしめたい』『そもそも患者の妄想語りなど訊くに値しない』という三重の差別意識がこめられているように思う」。

そしてナルホドと思ったのは次のくだり。

せめて幻聴を匂わせなければ、という気もするが、それだと完全に某事件の某容疑者がモデルに確定してしまう。難しいところだ。

「意思疎通できない殺人鬼」はどこにいるのか?|斎藤環(精神科医)|note

「パクったんだろ」は京アニ事件の犯人のことを匂わせるために必要なセリフと思っていたが、幻聴を思わせる描写があるためにむしろこの男は京アニ事件の犯人をモデルにしていないということになる、という指摘である。確かに京アニ事件の犯人に幻聴を疑わせる言動があったという報道はなかったと思う。とすると作中で犯人にセリフがまったくなくても、作者の表現したいことは完成できるのかもしれない。

追記

修正されたが…という話を書きました。

単行本を読んだ感想を書きました。