こんな記事を読んだ。
「TikTok売れ」で30年前の実験的SF小説が3万5000部の緊急重版……メガヒットに出版社も熱視線 | Business Insider Japan(https://www.businessinsider.jp/post-240199
)
TikTokで本を紹介している人が筒井康隆の『残像に口紅を』を採り上げたところ、書店のPOSデータでわかるほど売れたため版元が重版を決めたそうだ。
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『残像に口紅を』は世界から文字が消えていくという物語である。「あ」がなくなると文章に「あ」が出てこなくなるだけでなく、「朝」や「愛」といった「あ」を含む言葉も消えてしまう。そうやって少しずつ文字が消えていくと、いろいろな物や概念も消えていく。文章もだんだん同じ音がくり返され、スカスカした印象になっていく。これで最後はどうなるのかと思ったら、単行本では半分ちょっとから先が袋とじになっていた。
「ここまでお読みになって読む気を失われたかたは、この封を切らずに、中央公論社までお手持ちください。この書籍の代金をお返しいたします。」
袋とじの直前が濡れ場が始まるところで、続きを期待させているのが面白かった。丁寧に袋とじを切って読んだ。
このころの筒井康隆には「超虚構」を目指した実験的な作品がある。せっかくなので超虚構について覚えている範囲で紹介したい。記憶に頼って書くため間違いがあったり、「この作品を紹介しないなんて」ということがあるかもしれません。そういうときはブコメやTwitterで優しくご指摘ください。
「超虚構」は現実の引き写しではなく、フィクションでしかできない物語や表現ができないかと考えて出てきた概念で、普通のフィクションの特徴としてこんな例が紹介される。
- 物語の登場人物は物語が始まる前から存在し、物語が終わっても存在し続けるかのようにふるまっている
- 登場人物は自分が物語の中の存在であることを自覚していない
- 現実に起きそうにない出来事は物語でも起きない
- 文章の進み方に対して時間の進み方が一定でない(一瞬の出来事を長々と描写したり、「それから3年」といった表現が可能)
これらの特徴を全部裏返して盛り込んだ小説が『虚人たち』である。
- 物語の登場人物は物語が始まると同時に現れ、物語が終わると消える
- 登場人物は自分が物語の中の存在であることを知っている
- 現実にはまず起きない事件として、主人公の妻と娘が同時に別の犯人に誘拐される
- 原稿用紙1枚を1分とする。主人公が眠っている間は白紙になる
『虚人たち』は上のような理屈を知ってから読むと面白いのだけれど、中公文庫版は解説にすらこれらの説明がまったくない。何も知らずに手に取った人は戸惑うばかりではないだろうか。あの解説は今もそのままなのかなあ。
そして、こういった「超虚構」をめぐる考察は『着想の技術』に掲載されている。
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こちらを読んでから『虚人たち』を読むととても楽しめるでしょう。
『虚人たち』は実験小説で物語の面白さは二の次だが、虚構と現実が入り交じりながら不思議な読後感と文学的な満足感をもたらす作品もある。
『エロチック街道』は短編集。
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『夢の木坂分岐点』は長編。
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これらはなにも考えずにつるつる読める本ではない。内容も独特で「面白くない、わけがわからない、ついていけない」という人もいるだろう。でもこういうのが大好きな人にはたまらない。(と鏡を見る)
最後に『虚航船団』を紹介しておきたい。「まずコンパスが登場する。彼は気がくるっていた。」で始まる長編である。
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新潮社の「純文学書き下ろし特別作品」という枠で5年かけて書かれたもので、超虚構について考えてきた筒井康隆の集大成の趣がある。3章構成になっていて、第1章は文房具を(外見はそのままで)擬人化した乗組員が搭乗する宇宙船団、第2章はイタチが知的生命体になっている星の歴史が描かれる。第3章はその2つが融合してたいへんなことになる。よくわからないと思うがたいへん面白いのでぜひ読んでほしい。
筒井康隆の代表作は? というと『時をかける少女』や「テレパス七瀬」シリーズなどの知名度が高く、これらが紹介されがちだ。でも『虚航船団』は知名度こそ低いが、これこそ筒井康隆の代表作だと思う。
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筒井康隆は作品がとても多く、全部を読むのは大変だ。『虚人たち』の増刷の記事から『虚人たち』や『虚航船団』を紹介したツイートには『驚愕の曠野』を勧める引用ツイートがついた。すいません、読んでないんです。今読んでる本がひと段落したら読もう。
『驚愕の曠野』もぜひ。 https://t.co/KwzX7mqnUa
— かんだ (@a_kanda) August 12, 2021
- 文庫版(1997年刊行)
- 文庫版その2(2002年刊行)