東京駅で皆さんもちょっとした親切を

東京駅の丸の内駅舎が建設当時の姿に復原された。完成を記念してプロジェクションマッピングのイベントが開催された。

プロジェクションマッピングとは、建物などをスクリーンにして映像を投影するもの。このイベントでは東京駅の丸の内駅舎に約10分間の映像が投影された。

これはなかなか面白い映像体験で、たとえば駅舎に駅舎の映像を少しずらして投影すると、目の錯覚で駅舎が動いているように見えたりする。窓の内側にスポットライトを置いてタイミングよく光らせたりもして、めくるめく映像を楽しんだ。

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(陣取った場所が悪くて、右端や左側の大部分が隠れてしまった)

ベストアングルでの撮影はこちら。

このイベントは明日、23日も開催される。映像が投影されるのは中央の入口から見て左右の4つ窓までなので、23日に見に行く人はその範囲がよく見える場所をねらうのがよい。

で今日は20時の上映のあと、20時20分、20時40分にも上映される予定だった。1回目の上映では上のように場所がイマイチだったので、次はいい場所で見ようと駅舎の正面に移動した。

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ここで開始を待っていたら放送が。「今日の上映はすべて終了しました」。ええー、なんで?

係の人が拡声器でどなっている。「人が集まりすぎて危険との判断で警察からストップがかかりました。今日はもう上映しません」。あらまあ。確かに人が車道にあふれたりして危険といえば危険かもしれない。しかし中止にしてしまうとは残念だ。しかたなく、帰ろうと会場を離れて歩き始めた。

駅舎から少し離れたところで気がついた。会場の周囲では、たくさんの人がまだ上映を待つような顔で立っている。中止のアナウンスはちょっと離れるともう聞こえないようだった。

「今日はもうやらないそうですよ」と声をかけてみたら案の定「えっ、そうなんですか?」といった反応。その周囲の人たちも同じように驚いている。上のような説明を聞いたと話すと残念そうに帰り始めた。

そこからさらに、東京駅の方向へ歩いて行くとまた同じような人たちがいる。また「今日はもう終わりだそうですよ」と声をかけるとまた「ええー、なんで?」。また事情を説明してまた移動するとまた人がいて…結局同じ話を違う人たちに向かって4、5回することになった。「浅草からタクシーを飛ばして来たのにー」という人もいた。「明日もあるそうですから明日もタクシーでいらしては!」なんて冗談めかして言ったりして。

それにしてもこれはどうしたことだろうか。

2回目と3回目の上映が中止になったことは、会場の中心部にいたたくさんの人が知っているはず。帰り始めた人は、ちょっと離れたところでまだ待っている人たちを見てもなにも感じないのだろうか。それともそういう善意はあちこちで発揮されていたが、それでもこぼれた人たちに自分が案内をしていたのか。いや、中止の情報を知って、待っている人に教える人が半数でもいれば情報は一気に広がっていくはずだ。

中止を知っている人は、ちょっとした親切で人から感謝されるいい機会を得ている。せっかくだから感謝されてみるのもいいものだ。そうすればいつか自分に戻ってきて、他人からちょっとした親切をしてもらえるかもしれない。そうしたら今度はこちらが感謝すればよい。

にもかかわらず、今日のこの場所では人の親切がちっともはやっていないようだった。

他人に親切をすることに臆病になっているのだろうか。しかし今日声をかけた人たちは一様に感謝こそすれ、こちらに向かって怒り出したり難癖をつけてきたりする人はいなかった。小さな親切は決して大きなお世話にはならなかったということだ。

都市とは、見ず知らずの他人どうしが行き交う場所のことだ。それも東京駅の駅前でのイベントとなれば、次に会うことはまずない人どうしがたくさん集まっている。「旅の恥はかき捨て」ならぬ「旅の親切は施し捨て」である。知らない人への行きずりの親切なら相手への妙な貸しになったり、あとでお礼について気を遣わせたりすることもない。本来、見知らぬ他人にこそ親切をしやすいはずだ。

「今日の上映はもうないそうですよ」と何度目かに話しかけて、帰り始めた人に思わず言ってしまった。「同じように待ってる人に声をかけてあげてください」。この一言が背中を押して、どこかで小さな親切が発揮されていたらいいな。

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それでもやっぱり恩着せがましいことはしづらい、という人のための考え方。

「知らない人からの親切は、お礼がどうのとか借りを作るとか、面倒なあとくされを伴わない」。