松浦晋也さんが放送で使ったスライドを書き起こしました。明らかな誤字脱字は修正してあります。
(個人的にはこのトークタイトルは行き過ぎで、現段階では「はやぶさ2計画実質中止の危機」がより正確と思います)
はやぶさ2予算圧縮による計画実質中止についてのロフトチャンネル放送
- 2011年12月11日(日曜日)午後8時~@ロフトチャンネル
- 松浦晋也・小林伸光
最初に
今日、この放送で扱う情報には三種類ある
- その1:ネットなどに掲載されている公知の情報
- その2:松浦が取材で得た情報。基本的にニュースソースは明かせないので、松浦が信用に足る人物かが情報の確実性を決めることになる。信じてもらえるかどうか…信じてください。
- その3:1と2から合理的に演繹できる推測。推測だから事実かどうかは裏を取る必要があるが、論理的に「それ以外ないだろ」というところまで詰めることは可能。
- プログラム的探査の一環。単発で終わらせるのではなく、長期的展望で探査を展開していく。
- はやぶさ:技術試験。岩石主体でいちばんありふれたS型小惑星イトカワを探査
- はやぶさ2:科学探査主体(とはいえ新しい技術要素は不可避的に入ってくる)。炭素のあるC型小惑星1999JU3を探査
- その先にあるはやぶさマーク2構想。炭素に加えて水もあるD型小惑星、枯渇彗星核を探査
予算獲得に向けた苦闘
- 2007年度予算要求で部品など先行発注するための5億円を要求。財務省から一億強を付けるかという提案にJAXA経営企画が「いらない」と回答
- この時点でJAXA経営企画ははやぶさ2を、相模原が立ち上げたじゃまな計画と見ていた。
- JSPEC問題。2006年に探査担当部局として立ち上げたJSPECの主導権を握るのは、筑波、それとも相模原? 背景に米友人月探査計画
- 間で宙づりになったJSPECには予算が付かない、新規計画も立ち上がらない
その後も予算はつかずに計画は遅れる
- 遅れる中での無理難題。JAXA経営企画「無料のロケットを海外から取ってきたら計画を進めても良い」
- あまりに遅れたので同型機とするよりも、新規開発要素を入れるべきという意見が理事長から出る。
- インパクター搭載。小惑星表面を爆破して、宇宙風化にさらされていない表面を観察する。
- これは新しい技術開発であり、新しいリスク要因でもある
苦闘は続くがはやぶさの帰還で
- 2009年の仕分けで縮減判定、さらに予算を減らされる
- 2010年6月13日、はやぶさ奇跡の帰還。はやぶさブーム巻き起こる
- 2011年度予算で菅直人首相は「日本再生特別措置」枠で、30億円の支出を決断。計画は動き出したかに見えた。
- しかし2012年度予算編成で、与党民主党・与党会議は、要求72億円に対して大幅圧縮を指示←今ここ
予算の付き方
「日本再生特別措置」枠:政治(首相)が判断して使い道を決める予算枠。今年度は7000億円。
ここに、はやぶさ2の予算は、文部科学省からの要求として提出されている。
これとは別に文部科学省はJAXA予算枠を持っているが、こちらでははやぶさ2の予算を要求していない。JAXA内での、はやぶさ2の予算プライオリティは、2番目のグループ。トップグループじゃない。
予算獲得戦術である。再生特別措置は、勝ち抜く必要のある枠。はやぶさ2ならとれると算段。
ところが…
12月6日の与党会議で、はやぶさ2は、「相当圧縮」と判断された。
与党会議は、野田首相を長とする、政府・民主党の予算編成に関する会議。ここで決まったことが、政治の意志として予算編成に反映される。
つまり、現時点では、日本の政治がはやぶさ2にノーといったことになる。
圧縮ならば、延期でも継続できるか? 探査計画は一般的に延期できるものなのだが…
予算圧縮による計画延期は計画の実質的中止につながる
- 現在のはやぶさ2:目的地は1999JU3というC型小惑星。2014年打ち上げ、2020年帰還。
- 打ち上げチャンス(ウインドウ)
は、2014-15、2019、2024年。2019の打ち上げは条件が悪く、小惑星タッチダウンに危険が伴う
- 2024まで引っ張ると、そもそも若手としてはやぶさ計画に参加した研究者、技術者が定年の時期となる。技術の継承、研究者コミュニティの維持は絶望的に
つまり2014-2015しかチャンスはない
- 1999JU3は、はやぶさ2の能力で到達可能な範囲内に発見されている、唯一のC型小惑星
- 近傍小惑星の探索はかなり進んでいて、新たに生きやすいC型が見つかる可能性は低い→行き先変更による延期も考えにくい
- 研究者コミュニティの維持、技術の継承、物理的制約、すべてが2014-15に打ち上げなければ、はやぶさ2の計画は実質中止にするしかないということを示している。
- はやぶさの成果は、それっきりで終わりという意味
ここでジャーナリズム的視点を導入する
- なぜ、民主党の議員らは、はやぶさ2の大幅予算圧縮という方針を打ち出したのか
- 議員は宇宙に関しては素人であり、判断が必要な際は専門家の助言を仰ぐ
- 専門家って誰? 誰かがはやぶさ2は駄目と議員にレクチャーしたの?
- 通常、議員にレクチャーをするのは2種類の人種
- 専門家、大学教授など
- 霞ヶ関の官僚の「ご説明」←いわゆる官僚支配
科学者ではやぶさ2は駄目と議員にレクチャーする可能性のある人物は?
- 松井孝典・東京大学名誉教授。現・千葉工業大学惑星探査研究センター所長
- 2010年には、宇宙担当大臣への私的諮問機関である宇宙政策の在り方に関する有識者会議座長を務める。行政仕分けでは仕分け人も務めた
- 民主党に太いパイプを持っている。特に鳩山由紀夫元首相と親しい
- 一貫して宇宙研の探査に批判的な意見を持っていて厳しい発言を繰り返していた
- 一方で、千葉工業大学に惑星探査拠点を設立
2006年の松井名誉教授の発言(雑誌WEDGE・2006年7号)
- 小惑星のサンプルリターンを目指す「はやぶさ」も、地球に帰還しなければ失敗である。500メートル程度の小惑星の画像に数百億円の価値を見出すことは難しい。
- 惑星探査に責任を負うべきはずのその分野の研究機関も、その専門家育成の安易な教育を続けるばかりで、世界的に通用する研究者がほとんど育っていない。研究者としてはまだひよこのような未熟な惑星科学者が、1回につき何百億円もかかる惑星探査に漠然と関わり、次から次へと提案され、実現していく探査計画を、責任感を感じることなく、無邪気に楽しんでいる
ジャーナリストの思考
- 批判はあって当然だが、松井名誉教授の文章には根拠が薄い←その後はやぶさの成果は2回も米「サイエンス」誌の特集となった。
- 取材で得た情報:今年、松井名誉教授は、宇宙開発戦略本部の会合に欠かすことなく出席している←それ自身は勤勉と政策関与の意志を示す。はやぶさ2に何か言うチャンスがあった??
可能性はあるが薄いかという気も
- 年齢:松井名誉教授は今年65歳。探査の主導権を握るには歳を取りすぎている。
- 経歴:基本的に惑星科学でも理論の人で、観測の人ではない。探査機開発と運用は修羅場の連続。鉄火場の勘すら必要となる世界
- 川口プロマネが、はやぶさを遂行できた理由の一つは、一杯失敗の苦渋をなめてきた人だから
- 取材で得た情報:最近、千葉工大・惑星探査研究センターから、若手がはやぶさ2主任研究者(PI)という要職で入った
宇宙庁を作るとして宇宙科学、太陽系探査をどうするか
- 宇宙科学だけ文部科学省に残すという案があった
- その場合、太陽系探査をどうするか
- 米が有人太陽系探査実施の姿勢を見せており、今後太陽系探査はポスト国際宇宙ステーションの大規模国際協力プロジェクトとなる可能性がある←官僚からすると巨大な権限を意味する
- ここまでは事実、ここからが推測に入る…
- この状況下で、霞ヶ関的にはやぶさ2の実施が何を意味するか?
ジャーナリズム的視点から推測するに…
答えは、「はやぶさ2は、文部科学省にとって宇宙探査の既成事実となりうる」である
- 文部科学省にとって、はやぶさ2の実施は、宇宙分野の権限を新設する宇宙庁にもっていかれないための既成事実として使える。
- ここで合理的推測が成り立つ。
- このことを知っている経済産業省側が、準天頂衛星システム推進の「ご説明」と並行して、文部科学省の力を殺ぐべく、なにかを政治家に言ったのではないか。
合理的推測
- 誰かが、準天頂衛星システムとセット、あるいは同じ機会に、はやぶさ2の減額のことを話して歩いているのではないか。
- そう考えると、本来無関係のはずのこの2つのアイテムが、あたかもリンクしているかのような話が広く流布している状況を理解できる。
- で、ジャーナリズムとしては裏を取るべく動くわけです。独立した情報源から同じ話が出てきた場合には、それはかなりの部分は事実と考えて間違いない。
もう少し事実が欲しい
いかに経済産業省とはいえ、すべての民主党議員一人一人にご説明攻勢をかけていては、効率が悪い。
キーパーソンにご説明をするか、それともまとめてご説明をする機会を作るか。多分両方。
キーパーソンへの説明はまず表に出ない。いかな取材でもプライベートな行動まで踏み込むのは骨が折れる。
と、するとまとめて説明する機会…だが。
専門家の意見を集めるための、宇宙開発戦略本部が組織した会議
一気に議員に対してご説明するには、この会議を使うのが便利かという気がする…
可能性は高いが、「そうだ!」と言い切れるほど、取材できていない。
財務サイドから見た疑問
- はやぶさ2の事業総額264億円は、支出したらこれっきり。後継計画ゼロから予算獲得を目指す
- 準天頂衛星システムは、一度始めたらユーザーが付くので簡単にはやめられない。10年で1700億円が、延々と支出され続けることになる。
- 測位衛星システムは、ローマ帝国の風呂である。国がシステムを建設・運用して民間に無料で使わせている。コスト負担が大きくアメリカのGPSですら持ちきれない可能性が指摘されている
- 財政状況が厳しい今、政治が要求するとはいえ削るべきはどっち???
私の現時点での結論
- おそらく、これらすべての要因が絡まって、はやぶさ2は計画中止の瀬戸際に追い込まれている。
- 背景にある事情は以下の通り
- 1)はやぶさの上げた科学的成果の軽視/無視、2)はやぶさで日本が得た技術アドバンテージの軽視
- 自分の都合、官庁の都合の蔓延
- 国民感情の無視
- これでは、宇宙庁を作っても日本の状況は良くならないだろう。