99/02/16 (Tue.)

元記事:ただ日記−99/02/16 (Tue.)】

「海亀のスープ」というゲームがある。出題者と回答者がおり、出題者はある物語の骨子を回答者に話す。回答者は、その物語の因果関係を当てて楽しむというもの。
 「海亀のスープ」の骨子は、「男が、海亀のスープを飲んだ翌日に自殺した。なぜ?」である。回答者は、この物語の因果関係を知るために、出題者にいくらでも質問できる。ただし、質問の答えが「はい」「いいえ」「物語には関係ない」のいずれかになるものに限られる。たとえば、「男は過去に海亀のスープを飲んだことがありますか」と聞くことはできるが、「海亀のスープはどんな味ですか」と聞くことはできない。
 このゲームで重要なのは、出題者と回答者は対立関係にあるわけではないということ。出題者は回答者の想像力をうまくコントロールして、1つの物語へ収斂させていく。回答者は出題者が答える「はい」「いいえ」「物語には関係ない」の微妙なニュアンスを読みとり、1つの真実に近づいていく。なかなかスリリングな体験である。
 「海亀のスープ」という話にはいくつかのバリエーションがある。最終的にたどり着く物語さえきちんと作ってあれば、この形式のゲームにできるわけである。そこで、北村薫の『空飛ぶ馬』(創元推理文庫)に所収の、『砂糖合戦』という短編をこのゲームにあてはめてみた。こちらの骨子は「喫茶店で3人の若い女性が紅茶を注文。根比べをするように、それぞれがそれぞれのカップにひたすら砂糖を入れている。なぜ?」というもの。結果は上々。
 北村薫のこの本は、「円紫さんと私」などと呼ばれるシリーズの1作目で、日常生活の中でふと見かけた不思議な光景の謎を、落語家の「円紫さん(これがホームズ)」と女子学生の「私(これがワトソン)」が解いていく形式のミステリーである。ミステリーといっても血なまぐさい謎はなく、上のような「砂糖合戦」だったり、幼稚園の遊具の馬が夜だけいなくなる(『空飛ぶ馬』)というものだったり、スケールが小さいものばかり。しかし、ミステリーとしての質は高く、謎解きの面白さがきわだっている。だからこそ、「海亀のスープ」のようなゲームの爼上に乗せても十分に堪えうるのだ。
 『砂糖合戦』がうまくゲームになったことに気をよくして、ほかの作家ではどうかと考えた。最初に謎があり、その因果関係をつきつめていくものといえば…宮部みゆきの『理由』だ!
 「嵐の夜、下町の高層マンションで一家4人が殺された。なぜ?」
 しかしこの長編をゲームにするとして、出題者があの複雑なプロットをすべて理解し、覚えておくのは至難をきわめるだろう。それに、回答者が物語をすべて語るとなると、ゲーム終了まで数時間ではすまないはず。うまくやればすばらしい知的興奮を味わえそうだが、『理由』を「海亀のスープ」に使うのはさすがに遠慮したい。