(ネタバレなし)シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇を観に行くまで

アスカ「シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇、完成していたの!?」

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ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」の公開から8年以上経った。「公開時期未定」から2018年に「2020年公開」と発表されて以降も延期に次ぐ延期である。新型コロナウイルスの緊急事態宣言を理由に(結果的に最後の)延期が発表されたときも「実はまだ完成していないのではないか」とか、「完成していても延期が決まったからまた手直しを始めて遅れるのでは」という声があった。でもちゃんと完成して公開された。エヴァの新作を見られるというだけで嬉しい。これだけ人気があるコンテンツなのに、ガンダムのように無限に新作が作られるわけでもない。

こうして並べてみると、この間に世の中も自分もいろいろなことがあったなあと感慨深くなってしまう。「新世紀エヴァンゲリオン」が始まった1995年の自分は大学生で、阪神大震災地下鉄サリン事件があった年である。そして「ふしぎの海のナディア」から4年しか経っていない。1995年は今の若い人にとっては歴史上の出来事だ。2021年に1995年のことを語るのは、1995年に1969年のことを語るようなもの。1969年に放送されていたアニメは「タイガーマスク」や「アタックNo.1」である(「サザエさん」の放送が始まった年でもある)。

新世紀エヴァンゲリオン」からもう26年も経ってしまった。人生は長い。

庵野秀明にはエヴァンゲリオンを作り続けなければいけない呪いがかけられているのではないかと考えたことがある。「新世紀エヴァンゲリオン」のテレビ放送は毎週たいへん面白かったが、盛り上げるだけ盛り上げたあげくちゃんと終わらせなかったことでかえって延命された。いわゆる「旧劇場版」でも終盤は、画面上で起きていることの理由や意味を理解できないシーンが続いた末に「気持ち悪い」で終劇となりポカーンである。あとで考察を読んであれはああいうことかとわかっても、映画館であれを観て1回で理解できた人はほとんどいないのではないか。

でも「終劇」と出たからにはもうこれで作品としてのエヴァンゲリオンは終わりなんだな、と思ってから9年、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」が公開された。

この間、庵野秀明は「式日」や「キューティーハニー」といった映画を監督したほか、テレビアニメやOVAの演出や原画を担当したりしている。庵野秀明の名前で大ヒットする作品はなく仕事のキャリアとしては落ち着いていたので、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」が発表されたときは今度こそちゃんと終わらせるのかもという期待とともに、やっぱりエヴァンゲリオンを作るしかないのかーとも感じた。

後日どこかのインタビューで、このころは企画書をいろいろ書いてもどうしてもエヴァに似てしまうのでじゃあエヴァを作ろうと思った、といったことを語っていて、そういうところを気にするんだと押井守を思い浮かべながら考えたのだった。(もちろん、庵野秀明の姿勢がよくて押井守は悪いというつもりはない)

ヱヴァンゲリヲン新劇場版」は最新のデジタル技術を駆使して美しく甦っただけでなく、「序」と「破」はエンターテインメントとしても一級品に仕上がっていた。衒学的なタームは影を潜め、シンジ君も内向的すぎず前向きなキャラになっていた。

旧劇場版と新劇場版の間には1999年7月が挟まっている。ノストラダムスの大予言である。

「1999年7の月、恐怖の大王が空から下りてきて人類は滅亡するだろう」という、過ぎてしまえばばかばかしい予言である。しかしそれ以前はそうでもなかった。なにしろこの本が出たのは1973年で、アメリカとソ連を中心に二分された世界が対立していた東西冷戦の真っ最中である。このころは核戦争の第三次世界大戦がいつ起きてもおかしくないと思われていた。1995年には冷戦は終わっていたが、いよいよ世紀末が近づいてくるとノストラダムスの大予言のことも思い出されてくる。根拠のない予言は根拠がないゆえに、事前に否定するのが難しい。90年代後半はバブル崩壊の不景気が本格化し、世紀末のムードも後押ししてやや暗い時代だったと思う。シンジ君の性格はそういう空気も反映していたと感じる。

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」が公開された2007年は911テロから6年経っていて、リーマンショックの前年である。世紀末の空気は過ぎ去り、景気が悪いのは相変わらずだが先の見えない不安感は小さかったように思う。そして2009年の「破」で最高潮に盛り上がった物語は次の「Q」と、そして「Q」と同時上映の完結編で大団円を迎える…かと思ったら全然そんなことはなかった。「Q」ではシンジ君が放り込まれた状況を誰も説明してくれず、シンジ君と同様視聴者にとっても「わけがわからないよ!」だった。旧劇場版の終盤どころではない。「またこれかよ~」である。

「序」と「破」については何度か記事を書いている。

でも「Q」はなにか書きたくなるような作品ではなかった。

完結編は同時上映ではなくなり、「Q」の終わりに「シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇」の予告が流れた。公開時期は未定。

このころ、庵野秀明は古巣のガイナックスとお金のことで揉めるようになっていたという。資金繰りが悪化していたガイナックス側の不誠実な対応がもとで、過去の作品の権利や資料が散逸してしまう可能性があった。資金を用立てたりしたのはしがらみと言えばそうだが、庵野としてもなんとか立て直してもらいたいと思ってのことではないだろうか。

このあたりの経緯は以下の記事に詳しい。

学生時代からの旧友との関係が、お金の問題で悪くなるのはつらい。「Q」を制作する庵野のメンタルにも影響があったのではないか。

そして「Q」公開から2年ほど経った2015年4月1日に、以下の記事が公開された。

2012年12月。エヴァ:Qの公開後、僕は壊れました。

所謂、鬱状態となりました。

6年間、自分の魂を削って再びエヴァを作っていた事への、当然の報いでした。

『シン・エヴァンゲリオン劇場版』及びゴジラ新作映画に関する庵野秀明のコメント | 株式会社カラー

これを読むと「Q」が「序」と「破」と全然違ったものになったのも納得だし、「シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇」の音沙汰がないのもやむを得ない。「シン・ゴジラ」を監督するために「シン・エヴァ」の公開がさらに延びるのも仕方がないと思える。なにしろ「エヴァンゲリオン」は庵野秀明にしか作れない、彼そのものの作品だから。

その後「シン・ゴジラ」がめでたく大ヒットして、いよいよ「シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇」である。完結編というが本当に完結して、庵野秀明エヴァンゲリオンの呪いから解放されるのか。そもそも話は「Q」の続きなのか。今作は「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」ではなくなったのだから何が起きてもおかしくない。そう思いながら映画館に向かった。

(続きはまた別の機会に)

突然のお役立ち情報

BS日テレでは今「新世紀エヴァンゲリオン」を放送していて今夜は第拾話「マグマダイバー」である。

最初の方を見逃したーという方もたぶん安心である。実はこの枠、「新世紀エヴァンゲリオン」を何度も連続で放送している。最終回の終了時に「次週からは『新世紀エヴァンゲリオン』をお送りします」というループがもう3周目なのだった。このままだと4周目もあるのではないかと思う。

あと2つ。↓

追記

続きを書きました。