今まで見ていたものが違って見えてくるようになる体験は脳がクラクラして気持ちがよい。そのことに初めて気づいたのは赤瀬川原平の『超芸術トマソン』を読んだときだった。
- 作者:赤瀬川 原平
- 発売日: 1987/12/01
- メディア: 文庫
「建築物に付着して美しく保存されている無用の長物」というトマソンの概念を知ってから外へ出ると、今まで気にも留めなかったものが新しい意味を持って見えてくる。「世界が違って見えてくる」というのは大げさではなかった。
- 関連記事:赤瀬川原平亡くなる(d:id:Imamura:20141027:genpei)
さて、三土たつお編著の『街角図鑑』を読んだ。これもまた、世界が違って見えてくる魅力的な本だが同時に恐ろしい本でもある。
元になったのはこの記事。
本書が扱うのはトマソンのような珍しい物件ではない。信号機、街灯、道路標識、ガードレール、パイロン、マンホールのふた、送水口、段差のスロープ、自販機横のごみ箱などなど、紹介されるのはふだん誰でも目にするものばかりだ。
最近はこの種の、街を歩いて目に留まるものを収集する趣味の人が増えている。
- 参考:#なにかを写真に撮って集めてる人のサイト - Togetterまとめ(https://togetter.com/li/515585)
そしていくつかのテーマは本にもなっている。たとえば下記。2007年はこの手の本がたくさん出ていたんだねえ。もう10年前か。
- マンホールのふた
- 作者:林 丈二
- メディア: -
- 作者:林 丈二
- メディア: 単行本
- オジギビト(工事現場で謝っている人)
- ピクトさん(人間のピクトグラム)
- 鉄塔
東京鉄塔―ALL ALONG THE ELECTRICTOWER
- 作者:サルマル ヒデキ
- 発売日: 2007/08/06
- メディア: 単行本
- 水門
- ジャンクション
- 団地
- 壁
- 共食い看板
- スリバチ地形
- 作者:皆川 典久
- 発売日: 2012/01/31
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- 作者:皆川 典久
- 発売日: 2013/09/10
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- 味わいのある文字
- 作者:健太郎, 藤本
- 発売日: 2016/04/08
- メディア: 単行本
このように対象を決めて写真に撮っていくと、それぞれが独自の「物件」になっていく。どれも同じと思っていたものが、ジャンルを決めてたくさん集めて並べてみると細かい違いがあると気づき、同じものどうしの小さな違いに目が行くようになってくる。その差異の収集という面があるから、集めた物件を見ているうちにこれはここがヨイ、これはここがイマイチという自分なりの基準ができてくる。そこがなかなか面白い。
- この日記内のその手の記事
-
- 壁の写真の杉浦貴美子さんが企画した、みんなで壁の写真を撮るワークショップ…は記事にしていなかったので写真の一覧ページを。http://f.hatena.ne.jp/Imamura/20081213wall/
- 大山顕さんの「同じものをたくさん撮る」ワークショップのときのツイート(d:id:Imamura:20090921:todaystweet)
- その日撮った写真の一覧:http://f.hatena.ne.jp/Imamura/200909kawaguchi/
- ワークショップ「かわぐちタイポさんぽ」(d:id:Imamura:20130119:typowalk)
- 電柱のポートレートのシリーズ
- 電柱のポートレイト(d:id:Imamura:20110112:elepole)
- 電柱のポートレイト2(d:id:Imamura:20110115:elepole2)
- 今日の電柱写真(d:id:Imamura:20110124:elepole)
- 今日の電柱写真(d:id:Imamura:20110129:elepole)
- 今日の電柱写真(d:id:Imamura:20110202:elepole)
- 久しぶりに電柱のポートレートを撮り歩く(d:id:Imamura:20120228:elepole)
- 電柱を望遠で撮ってみる(d:id:Imamura:20120704:elepole)
- 今日の電柱写真(など)(d:id:Imamura:20120815:elepole)
さて、そこで『街角図鑑』である。これもまた上記のような、外に出ると目に入ってくるものを収集する本である。しかし、集めたものどうしの違いを見つけ、それぞれを特別な物件にしていくアプローチではない。ふだん誰でも目にするものをそのまま調査している。各部の名称や役割の図解、どんな場所にあるのか、どんな種類があるのか、どんなメーカーが作っているのか。
つまり各テーマについて、それぞれの違いではなく共通点を見つけていく。これはほかにない視点だ。その結果どうなるか。
トマソンなどほかの分類手法では、外に出ると目に入ってくるものの中で珍しい特徴があるものが「物件」になる。物件でないものはその他大勢になり、記憶や記録にとどめられることはない。
一方『街角図鑑』の視点を得てから外に出ると、目に入ってくるものすべてが珍しく見えてくる。ありふれたものが、ありふれているからこそ観察の対象になるのだ。この車止め、この段差スロープ、この電柱、このカーブミラー、この信号、このブロック塀…どれにもそれを作っているメーカーがあり、型番があり、それがそこに設置された理由がある。
路上観察だと珍しい「物件」はたまにしか見つからないから、見つけたときの楽しさがある。『街角図鑑』を読んでから外に出て、目に入るものすべてが珍しく見えるようになると記録や採集に無限の時間が必要になる。すなわち、外出すると一歩も進めなくなる。これは危ない。そして恐ろしい。
「身の回りのものは誰かがそうしたからそうなっている」という見方がある。何の気なしに見ているものでも、そこにそれがあるようにした人の意思や意図がある。人々がそこに思いが至るようになると、長い目で見てよい社会になるだろう。そういう意味で『街角図鑑』は街歩きのお供にするには恐ろしい本だが、外部への想像力を養うにはとてもよい本だ。
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追記
2020年に続編が出た。『街角図鑑 街と境界編』。足場、ガスメーター、残余地、踏切、橋脚、東屋、鉄塔、田んぼ、トンネル、ダムなどを扱う。