新日曜美術館「都市を変えるポップカルチャー『OTAKU』〜ヴェネチア・ビエンナーレの衝撃」

ゲストは森川嘉一郎本人。以下は彼の発言メモと感想(メモ部分は、筆者の言葉にかなり置き換えています)。

秋葉原は、来る人たちによって変容させられた街である。神田は本の街だが、本好きがそこへ来ていたわけではない。本屋が先にあり、本好きがそこへ来るようになった。アキバはまずそこへオタクが来ており、彼らの趣味の変化に合わせて街も変化させられた」。

オタクはマニアと異なり、鉄道や切手、カメラなどのような具体的な対象を持たず、虚構の世界のものを好む」。これって東浩紀の『動物化するポストモダン』(ISBN:4061495755)でいう「データベース消費」のことか。

展示では、オタク的な趣味の対象や成果物を切り取って提示するのではなく、オタク的な価値観そのものを提示しようとした。そのためわかりづらいという感想があった。しかし、会場で理解できて帰れる展示よりは、あれはなんだったのかと考えてもらう展示のほうが印象に残るだろう」。

「行政や大資本が作り上げる景観ではなく、そこにいる人たちのライフスタイルや趣味が街並みに強く反映されていくようになる。それは秋葉原だけのことではなく、都市が変容していく際に今後主流になる」。このくだりは下北沢を思い出した。まさに、そこにいる/来る人の嗜好が街並みに反映されているにもかかわらず、行政や大資本主導の再開発が進められようとしている。下北沢の再開発に関する議論はid:solar仲俣暁生)さんが「下北沢再開発を考えるページ」などでまとめている(参考:[id:solarさんのはてなダイアリーを「下北沢」で検索])。

オタク的な嗜好を持つ人は世界中におり、人格・性格としてのオタクはインターナショナルである。一方、文化としては日本独特であるという二重性がある。だからこそ、国際建築展の日本館の展示としても意義があったと考えている」。

番組では、さまざまなジャンルのオタクをまとめて一つの人種として扱おうとしている印象があり、そこは違和感を持った。たとえば「同人誌」の紹介で、それがやおい+パロディばかりであると思わせたがっているような言い切りが多いと感じるなど。

それから、番組中に流れた曲がどこで使われていたものか、思い出せなくてむずむずする。「新横浜ありな」と「萌え」を紹介するくだりや、ラストで流れていた曲なのだけど…うーむ。

東京都写真美術館では「おたく:人格=空間=都市」の帰国展が開催中(→[bloc])。ヴェネチアには秋葉がないから展覧会に行く意味があるわけだけれど、秋葉へ行かずにわざわざ恵比寿のここにだけ行く人がいるとしたら、それはなかなかシュールなことだと思った。

そのほか、いくつかの感想。

はなの「オタクっていうと、どうしても、こう男性のオタクというイメージがあるんですけど、実際女性のオタクもいるんですか?」(強調筆者。ここは一字一句そのまま書き取りました)という聞き方がなんだかすごいと思った。

「萌え」について、いわゆる美少女キャラクターを愛でる感情としていたが、これは自分の中にある「萌え」感と違い、対象が限定されすぎていると感じる。たとえば自分は巨大建築や「くり返しもの」d:id:Imamura:20040124:p2)、ミニチュアや32×32ピクセルの精緻なアイコンなどが好きである。そういうものへの気に入り具合は「萌え」ではないのだろうか。「侘び」や「寂び」とはなにかも、もうちょっと勉強してみよう。

再放送は、教育テレビで今夜8時から。NHKハイビジョンでは深夜0時から。

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