オープンソースの画像生成AIをセットアップから使い方まで解説する『Stable Diffusion AI画像生成ガイドブック』(ソシム刊)発売中(→本のサポートページ

99/03/20 (Sat.)

元記事:夜の記憶−99/03/20 (Sat.)】

たむらしげるの『クジラの跳躍』観る。たむらしげるというと透明感のあるイラストを描く人というくらいの印象しか持っておらず、なんだか平和で安らかな絵だと思っていたのだが、映画を観るとそんないい気なものじゃないとわかった。
 『クジラの跳躍』は、かつて船乗りをしていた老人が、ガラスの海でクジラが跳躍する兆候を感じる、というもの。やがてライムグリーンの海から顔を出したクジラは、老人やほかの見物人が見守る中、長い時間をかけてゆっくりと跳躍する。
 この映画は、死のイメージに満ちていた。老人は永遠とも思える時間の中、我々とは違う世界に生きている。たむらしげるの静かな画風は、常世の風景、黄泉のありさまを映しているのだ。併映の『PHANTASMAGORIA』『銀河の魚』『クリスタリゼーション』も、いずれもこの世を離れたどこかの世界が舞台になっており、静謐な画面はやはりアチラ側を思わせる。安らぎが漂わせる死の匂い。しかし死のイメージは、柔らかな色合いの光の向こう、永遠の休息の裏側にある。
 「生まれる前とか、死んだあとにああいうところにいられたらいいと思った。」という吉本ばななのコメントがチラシに載っていた。そうなのだ。死という、避けがたく恐ろしい運命の結末がこのような場所であれば、少しは気がまぎれるというもの。なんだかホスピスのような、たむらしげるの世界なのだった。