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わかっているのにわかってなかった

理解はしているはずなのに、理解している人にはありえない間違いをしてしまうことってありますよね。「知識として知ってはいるかもしれないが、ちゃんと理解していないからだ」と言われてしまうような話です。反省しきりなわけですが、こないだそういうことがありました。

宇宙作家クラブの例会で、日本宇宙エレベーター協会の方に現状や展望をお話しいただきました。

JSEA 日本 宇宙エレベーター協会(http://jsea.jp/
https://ss1.xrea.com/ima.g1.xrea.com/image/hatena/Imamura/fea70bb8f81dbb7e1eddb52742c1dd44050.jpg

宇宙エレベーター軌道エレベーターともいいます。高度36000キロの静止軌道人工衛星…よりはもっと大きい構造物(「軌道ステーション」などといいます)を置いて、地上とその反対側へするするとひもを延ばしていきます。

軌道ステーションの上下両方にひもを延ばすのは、重心が静止軌道上から外れないようにするためです。高度36000キロは、地球から外へ飛ばされる遠心力と、地球に引っ張られる重力が釣り合う場所です。地球の周囲を24時間で一周するため、結果的に地球のある一点の真上にとどまるのです。

軌道ステーションから地上まで届いたひもを、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」のカンダタよろしくえっちらおっちら上っていくと、宇宙へ行けます。ねっ、簡単に宇宙へ行けるでしょ?

いや実際は、丈夫なひもを作ったり、ひもを軌道ステーションまで上っていく方法を用意したりしなくてはいけません。ひもの素材として最有力なのがカーボンナノチューブ(CNT)で、という話は今はおいといて。

ひもを上っていく話題の中で、「軌道ステーションへ近づくにつれて重力は下がっていくから…」という話が出てきました。

地表の重力は1Gです。月の重力は1/6Gで、6キロのものの重さが1キロに感じられるようになります。60キロの人が月で体重計に乗ると、10キロと出ます。

ともかく、地表を離れて高く高く上がっていくうちに、体が軽くなっていくのは事実です。計算によると、6000キロまで上がった段階で0.5G、つまり60キロの体重が30キロになるそうです。

あれ? でも国際宇宙ステーションISS)ってもっと低い軌道を飛んでいるのに、中の人たちは無重力的な生活を送っています。ISSの高度は約400キロ。でも0G。

これっていったい、どういうこと?(ためしてガッテンの声で)

これが自分が今回感じた、「わかっているのにわかってなかった」疑問でした。

ISSと、軌道ステーションから地上へ伸ばしたひもでは、条件がどう違うのでしょうか。

ISSは、地球の周回軌道を回っています。約90分で地球を一周します。その原理は人工衛星と同じです。

人工衛星がどうして落ちてこないのか、よく出てくるのがボールを遠くに投げるときの話です。

遠くまでボールを投げると遠くで落ちる。もっと遠くまでボールを投げると、もっと遠くで落ちる。もっともっと遠くまでボールを投げると、地球に沿って飛んでいって地球の裏側で落ちる。さらに遠くまでボールを投げると、ついに地球を1周しちゃう。

ボールを投げたときの速度が一周後も維持されていれば、ボールはついに地球に沿ってずっと飛び続けることになる。地球の周囲をぐるぐる回っていますが、言い換えれば地球に向かって落ち続ける状態になるわけです。

このときボール(=人工衛星ISS)はどうなっているでしょうか。ボールは地球に沿って落ち続けています。ボールを高いビルから落とすと、地上に落ちるまでボール自体は無重力になります。ボールの中に人がいれば、ボールが落ち続ける間、中の人は無重力状態を体験できます。

人工衛星ISSは地球に向かって落ちていっていますが、スピードがとても速いため地球に落ちる前に地球を一周してしまいます。地球に落ちることはありませんが、落ち続けていることには変わりません。人工衛星ISSの中は、そのために無重力なのです。

一方、地上から軌道ステーションへ向かうカンダタが、天(軌道ステーション)から下りてきた蜘蛛の糸を上り始めたときのことを考えてみましょう。かりにカンダタの体重を50キロとすれば、地上は1Gですから50キロです。カンダタが下を見ず、追いかけて上ってくる人々に気づかなかったことにします。おかげで蜘蛛の糸は切れずに、カンダタはいつまでも高く上っていくことができます。

そしてついに高度約400キロ、すなわちISSと同じ高度にきたとします。果たしてカンダタISS内と同じように、無重力状態の中でふわふわと浮くでしょうか。いえ、そんなことはありません。カンダタが地球に沿って、ISSと同じようにすごいスピードで落ち続けていれば無重力なのでしょう。しかしこのときのカンダタは、単に高いところにポツンといるだけです。同じ高度にいるといっても、落ちているISSとただぶら下がっているカンダタでは状態が違うのです。

つまり、ただ高いところに行くだけでは、なかなか重力は減らないということなのでした。

自分の場合、人工衛星の原理としてボールを遠くに投げる話は何度も聞いていましたし、それで理解しているつもりでした。

ところが、同じ高度にいる状態を示されると、条件が違うのに自分の知っている範囲の知識をあてはめてしまっていたのでした。これはいかん。

長い話になってしまいましたが、これこそ「わかっているのにわかってなかった」であって気をつけなければと考えたのでした。

ところで、軌道ステーションまでひもを伝ってどう上がっていくか、いろいろアイデアが出てきました。なにしろ宇宙作家クラブですからネタ的な発想は得意です。

  • ひもに金具を引っかけて、足はひもにかける。金具をちょっと上にかけ、体をずいと上げていく(それは枝打ちをする林業の人、もしくは南国でヤシの実を取る少年)
  • ひもを2本おろしてもらう。上げる荷物には縦に穴をあけ、そこに2本のひもを通す。ひもを1人ずつが持って互いに離れれば、荷物は上がっていくだろう(どこまで離れれば高度36000キロまで行きますか?)
  • アザラシの毛皮など、毛が一方向に生えている素材がある。クロスカントリースキーの裏につければ、前進しかしないスキーになる。スキー板2枚でひもを挟みひもを振動させると、上がることしかできないからどんどん上がっていくだろう(アザラシが絶滅しちゃう!←本当にアザラシの毛皮を使わなくても)

例会のあとの懇親会(飲み会)では、こういうバカ話をしてはワッハッハと笑い合っているのでした。