本記事は「キーボード #1 Advent Calendar 2024」という企画の6日目です。12月1日から25日まで、毎日1人がキーボードについて書いています。(「キーボード #2」も合わせると毎日2人です)
昨日の記事はCheena(電子的文具工房)さんの「Childhood's Endと違い棚配列(仮称)について」でした。独自のキー配列はその理由が興味深いです。
今年はついに、自分で設計したキーボード「ThumbShift5-15TB」を完成させることができた。
ThumbShift5-15TBの配列は一般的なキーボードと同じロースタッガードで、数字列やファンクションキー列、テンキーなどを省略している。これらの数字や記号、ファンクションキー類は2つのキーのコンビネーションで入力する。また親指シフトによる日本語入力のために、親指の位置に左右対称の2つのキーを配置した。ついでに小さなトラックボールもつけている。
詳しくはこちらの記事で。
この記事には「このあとすること(遠大な目標も含む)」のリストを載せた。今回の本記事では、リストの中から以下の結果を紹介する。
- 基板とボトムプレートの間にフォーム(の代わり)を入れて、打鍵感や打鍵音が向上するかどうか試す
- トッププレートの上にアクリルカットのデコレーションプレートを置いて市販のキーボードっぽくする
- トッププレートとボトムプレートの間にアクリルカットで枠を作る
あわせて、リストになかった以下のカスタマイズも行った。
- スイッチプレートに貼るタイプの静音フォームを装着
- キーキャップをロープロファイルタイプに交換する
- カーソルキー部分のキースイッチを静音タイプに交換する
- 全体のキースイッチをロープロファイルの静音タイプに交換する
時系列では一部前後するところもあるが、基本的に試してみた順で紹介していきたい。
フォーム(の代わり)を入れてみる
ThumbShift5-15TBを組み立てたときに使ったキースイッチはおもにKailh Box Royalで、押す感触は気に入っているのだけれど打鍵音をもう少し小さくしたい。まずフォームを入れるのを検討した。
ThumbShift5-15TBの構造は下の通り。一般に「サンドイッチマウント」と呼ばれる。
メイン基板とボトムプレートの間にフォームを詰めると、キーを押したときの音が反響しなくなり打鍵音が改善するという。まずこれをやってみた。
フォームの代わりとしてお安く調達できるのは、ダイソーのEVA製スポンジシートである。買ってきたのは厚さ1.5ミリのタイプ。これをメイン基板の大きさに2枚カットして、ボトムプレートとメイン基板の間に挟んでみた。
- これを買って
- メイン基板の裏側に
- このように置く
- 組み立てて横から見るとこう
- 図としてはこう
結果は…
まったく変化なし。「ちょっと変わった気がする」ということもなかった。
メイン基板の裏側には1キーごとにスイッチソケットやダイオードがはんだ付けされている。これらが作る空間をちゃんと埋めてあげないといけないようだ。いや、そもそもスポンジシートはフォームほど音を吸収しないのかもしれない。ちょっとお手軽すぎたかも。
スイッチプレートに静音フォームを貼る
次はちゃんと、キーボードの静音化のために作られた製品を試してみよう。キーボードパーツのセレクトショップ、TALPKEYBOARDで販売されているプレート用静音フォームである。
- こんなふうに届く
キースイッチをはめ込む板はスイッチプレートといい、この段階のThumbShift5-15TBでは一番上に見える黒い板である。その裏側にこのフォームを貼る。
- 図としてはこうなる
- こんなふうに貼っていく
- フォームの内側の四角形は一辺19.05ミリより少し小さいようで、貼ると反対側からフォームが見える
キーが押されたときの音がこのフォームに吸収され、打鍵音が小さくなることを期待する。1時間弱かけてスイッチプレートの裏に59キーぶんを貼り付けた。
結果は…
少し効果があったかも。打鍵音がやや柔らかくなったような気がする。気のせいかもしれないけど。音の大きさは変わらないと感じる。打鍵感もソフトに変わったように思える。
ロープロファイルのキーキャップに交換する
キーボードを薄くしたくて、ロープロファイルのキーキャップを買った。キーキャップの形状(プロファイル)はさまざまあり、今まで使っていたのは「OEMプロファイル」である。ロープロファイルは背が低いキーキャップ全般を指し、プロファイル名がついているものも多い。今回買ったキーキャップにプロファイル名はなく、単にロープロファイルということのようだ。
Womierの製品で、PBTの144キー。Amazonで買えるのがよい。Amazonではいま3,580円。
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PBT素材のキーキャップはABSよりテカりにくいとされる。またこのキーキャップはキーの刻印(レジェンド)が印刷ではなく成形で作られている「ダブルショット」なので、レジェンドが薄くなったり消えたりすることはない。
英語配列のキーキャップセットなので数字列の「2」キーには「"」ではなく「@」が刻印されているけれど、数字キーはThumbShift5-15TBでは使わないからセーフ。それでも刻印と実際の入力を合わせられないキーは記号キーや機能キーでいくつかあるものの、このセットは144キーもあるのでThumbShift5-15TBのキースイッチすべてにキーを装着できる。特に英語配列のセットながら、日本語配列のキーボードで使う逆L字のEnterキー(ISOエンター)を入れてくれているのがありがたい。
親指シフト用のキー(Bキーの手前2つ)とさらにその手前のキーは同じ高さだと干渉しそうなので、親指シフトキーにはこのキーキャップより少し背が高いDSAプロファイルのキーキャップをつけた。
- これが
- こうなった
- 図としてはこう。約2ミリ薄くなった
結果は…
打鍵音に変化は感じない。今まで使っていたOEMプロファイルのキーキャップは、キーが押されるとキースイッチの上半分を覆うようになる。一方交換したロープロファイルのキーキャップは、キーが押されてもキースイッチの大部分が露出したままになる。この違いによる変化はないように思えた。
一方、打鍵感は大きな変化があった。今まで使っていたOEMプロファイルは行ごとに形状が異なる。そして今度のは全行が同じ形状である。より平らになったキーボードを使う違和感は最初こそ強かったが2日目にはなくなった。脳の適応力には感心する。
アクリルをカットしたカバーをつけ、打鍵音がもれないようにする
ThumbShift5-15TBはスイッチプレートとボトムプレートの間がオーブンになっている。ここを埋めれば打鍵音が外へもれにくくなるはずだ。ほこりも入りにくくなる。それに横から見たときにメイン基板が見えなくなれば、いかにも電子工作然としたルックスが変わってキーボードとしての見た目がよくなる。
REVIUNGというキーボードがあって、構造はThumbShift5-15TBと同じである。REVIUNGではアクリルを細くカットして重ね、オープン部分の壁にする「Hi-Proフレーム」というカスタマイズが用意されている。スイッチプレートの上にも6ミリほどのトッププレート(デコレーションプレートとも呼ばれる)を重ね、ルックスが普通のキーボードらしくなっている。
これを参考に、というかアイデアをそのままお借りして打鍵音が外にもれないようにしつつ、トッププレートもアクリルを取り付けることにした。
Affinity Designer 2を使ってパーツを作図し、下のように配置した。
このデータは↓からダウンロードできます。
- 「ThumbShift_LaserCut_toYushakobo.afdesign」(1,009KB)…配置したパーツのアクリルカット用データ(厚さ3ミリを想定、Affinity Designer 2形式。このファイルを遊舎工房へ送るだけで上のようにカットされます)
レーザーカットの発注は遊舎工房へ。色は押出マットの乳白色にした。
カットされて届いたアクリルの保護シートをはがし、ThumbShift5-15TBに組み込む。
- 図としてはこうなる(実際には中は透けません)
- これが
- こうなった
結果は…
見た目が普通のキーボードになった。打鍵音はやや抑えられたと感じる。しかし予想したほどではなかった。打鍵音が横からもれにくくなっているのは確かなはず。キーボードの上方向にも音がもれてきているのだろう。
打鍵音はともかく、見た目はとてもよくなったと思う。乳白色はもうちょっと白い方が好みかも。でもいいのです。満足感が高い。
一部のキースイッチを静音タイプに交換する
ThumbShift5-15TBのキースイッチはおもにKailh Box Royalだが全部同じにはせず、カーソルキーや親指シフトキー、左下端の機能キーにはそれぞれ異なるキースイッチを装着してある。押すキーによって感触が変わっていい感じ。自作キーボードの楽しみの一つだ。
遊舎工房の店頭にはキースイッチテスターが置かれており、販売されているキースイッチの感触を実際に確かめることができる。その中から静音性を重視したキースイッチのGateron KS-9 Silent 2.0 Switch Set Yellowというのを4個買ってみた。
Kailh Box Royalはタクタイル軸(キーを押すとき、最初に少し抵抗があるタイプ)だが、カーソルキーの部分にはリニア軸(キーを押すのに必要な力が一定のタイプ)のスイッチを装着している。Gateron KS-9 Yellowはリニア軸の静音スイッチで、カーソルキーをこれに交換してみた。
- こうなった
結果は…
効果は抜群だ! 静音をうたうだけあって、打鍵音がとても小さい。Kailh Box Royalが硬い床を革靴でコツコツ歩くような打鍵音とすれば、このKS-9はスニーカーでストスト歩くような静かさ。それでいて床はカーペット的なやわらかさではなく、キーを最後まで押し込むと硬い床がしっかり受け止めてくれる。いい打鍵感。タクタイル軸のKS-9があれば、全キーをこれに交換してもいいくらいだ。
ここまで、キーボードにフォームを取り付けたり音もれを減らしたりしてきた。打鍵感はよくなっている気がするが、打鍵音はあまり変わらないように思う。打鍵音の低減には、静音キースイッチに交換するのが一番効果があるのだろうか? タクタイル軸の静音キースイッチを検討してみることにした。
全体のキースイッチを静音タイプに交換する(しかもロープロファイル)
静音タイプのキースイッチに交換するとして、どれにしたらいいだろうか。調べたりDiscordで聞いてみたりしたところ、タクタイル軸の静音キースイッチはリニア軸に比べて種類が少なく、手に入りにくいことがわかってきた。
その中で2つに絞ったのが、Outemu Silent Lemon v3とKailh Deep Sea Silent Whaleである。
- 通販サイトの例
ともにタクタイル軸で、キーを押し込むのに必要な力は45g程度と軽め。Outemu Silent Lemon v3はお安くてKailh Deep Sea Silent Whaleはちょっとお高い。どちらも天キー vol.7で触る機会があり(数十種類のキースイッチを装着したテスターを展示していたhalf_islandさんありがとうございました)、Kailh Deep Sea Silent Whaleのほうが自分に合いそうと感じた。
じゃあこれを買おうか…となったところで、Kailh Deep Sea Silent WhaleにはKailh Choc v2タイプのロープロファイルスイッチもあることに思い至った。ロープロファイルのキースイッチは従来主流のCherry MX互換キースイッチより背が低く、キーボードを薄くできる。Kailh Choc v1およびv2、Gateron Low Profile(1.0/2.0と3.0)といった種類があり、それぞれに互換性はない。
ThumbShift5-15TBはCherry MX互換だけでなく、Kailh Choc v2のキースイッチも使えるように作った(一応Kailh Choc v1のキースイッチも装着できるものの、Choc v1のキーキャップにはISOエンターがないため事実上使えない)。ロープロファイルのキースイッチはちょっとお高いが、せっかくだから交換する静音キースイッチはロープロファイルにしてみよう。Kailh Deep Sea Silent Whaleのロープロファイル版なので名前はKailh Deep Sea Silent Low Profile Whaleということになる。長い。これを買った。
Cherry MX互換のキースイッチをKailh Choc v2のロープロファイルに交換するのは単にキースイッチを差し替えるだけでいいと思っていたが全然そんなことはなかった。
ロープロファイルのキースイッチは薄いから、スイッチプレートとメイン基板の間隔も狭くなる。1ミリもない。
- スイッチプレートとメイン基板のすき間はほぼない
- 図としてはこうなる
するとどうなるか。
- スイッチプレートの裏に貼った静音フォームが邪魔をして、キースイッチの足がメイン基板に入らなくなる
- リセットスイッチにしているタクトスイッチの足が邪魔になる
- Pro Micro(マイコン)のコンスルーの足がしっかり入らなくなる
さてどうしよう。
1.はスイッチプレートを交換して解決した。スイッチプレートは最低5枚からの発注だったので、余ったスイッチプレートが手元にある。こちらを使うことにした。静音フォームを貼ってあるスイッチプレートはいったんお役御免。次にCherry MX互換のキースイッチを使うときのためにとっておこう。
2.のタクトスイッチの足は、下の写真の中央に2本出ているのがそれ。ニッパーで切除して解決した。
3.は困った。コンスルーをはんだ付けしたPro Microをメイン基板に差し込むと、その足はメイン基板の反対側に2ミリほど出てくる。しかしメイン基板とスイッチプレートの間隔は今や1ミリ以下なので、コンスルーを奥までしっかり差し込むことができない。差し込んでも保持する力が弱いため、すぐにポロリと落ちてしまうだろう。
そこで、先ほどのスポンジシートをPro Microのサイズに切り、マスキングテープでPro Microの下に貼り付けることにした。
こうするとスポンジシートとPro Microがボトムプレートに支えられ、Pro Microはメイン基板から脱落できなくなる。これで解決とした。
いろいろあったが、こうしてロープロファイルの静音キースイッチに換装できた。
- 図としてはこうなる(実際には透けません)
- これが
- こうなった
キースイッチが薄くなった分、キーキャップの位置が4ミリほど低くなった。自作するまで長いこと使っていた市販のキーボード、TK-FBP044BK(→買ったときの記事)に近くなった。Cherry MX互換のキースイッチからロープロファイルのキースイッチに交換するにあたって、考えるべきことがいろいろあることもわかった。
そして結果は…
やっぱり効果は抜群だ! 打鍵音はほぼ聞こえなくなった。Kailh Box Royalはオフィスでの使用はちょっとためらわれる打鍵音だったが、このDeep Sea Whaleならまったく気にならない。底打ちの感触も柔らかすぎず心地よい。問題があるとすれば「タカタカタカ…ッターン!」をやりたくても「コトコトコト…ットン」くらいにしかならないことくらいだ。
親指キーのキーキャップを変更
ロープロファイルのキースイッチにしたら、親指シフトに使うキー(Bの下の2つのキー)が低くなった。前述の通りここだけはDSAプロファイルのキーキャップにしていて、Cherry MX互換のキースイッチではちょうどよかった。どうもこのキースイッチだと、DSAのキーキャップは装着時により低くなるまで押し込むことになるようだ。
ダメモトで、OEMプロファイルのキーに交換してみた。キースイッチに装着するとき一番下までぐっと押し込むと、キーを押したときにキーキャップがスイッチプレートにカツンと当たってしまう。その手前で止めるようにしたらスイッチプレートに当たらなくなった。そしてキーの高さはとてもいい感じ。親指キーの手前のキーをうっかり押してしまうことはなく、親指キーそのものの背が高すぎることもない。そして一般的なスペースキーと同じコンベックスキー(キーの上面が盛り上がっている形状)なので親指で押しても痛くならない。
- 今はこうなっている
まとめ
さて、ThumbShift5-15TBにいろいろなカスタマイズを行ってきた。メイン基板は変わらないが見た目はずいぶん変わった。ハードウェア的なカスタマイズは次のアイデアが出るまでひとまず完了としよう。
- キーボードとして使えるようになった当初
- 現在の姿
打鍵音の低減だけを追求する場合、フォームやカバーを取り付けるのもいいが、キースイッチを静音タイプに交換するのが一番ではという面白みのない結論になってしまった。一方フォームを仕込んだり音もれを減らしたりするのは、打鍵音ではなく打鍵感をよくする効果がある程度感じられた。
実はトラックボールがちゃんと動作しないので(上へ転がすと右へ行く。QMKで90度回転を指定しても変わらず)これをなんとかしたい。トラックボールを動かしたら周囲のキーがマウスボタンになるようにもしたい(→参考)。親指シフトをパソコン側のエミュレータソフトに頼らず入力できるようにしたい(→参考)。Mac対応もしておきたい。いろいろあるがやる気と相談しつつ進めていくつもり。
そしてキーボードに限らない話として、ある目的のために方法を考えたりデータを作って発注したり、パーツを買ってきて手を動かしたりするのはとても楽しい。したいことがあると生活が充実する。今後もキーボードも含めてテーマを見つけ、なにか工作していこう。
- そういうことを書いた過去の記事:本棚計画完了〜みんな本棚を作ろうよ
この記事はThumbShift5-15TBで書きました。
明日の記事はIKeJIさんによる「今年作ったキーボード」です。