現在、「嘘を嘘と見抜きやすい」しくみを作り出しているものといえば、YouTubeとXbox360だ。またそれらは同時に、「本当に優れたものを見つけやすい」という働きも持っている。
Xbox360はそれ自身が試遊台になる
以前も書いたように、Xbox360は本体と一緒にソフトを買わなくても、ネットにつなげばいろいろなゲームの体験版で遊ぶことができる。
そういう体験版をある程度遊んだり見たりして、体験版ですませたくないと思ったらお金を払って製品版にアップグレードすればよい。もうゲーム屋に行かなくても、自分のXbox360がそのまま試遊台になるしくみである。
ファミ通のインタビューによると、「試遊台」を(この言葉を含めて)作ったのはプレイステーションを発売した頃のSCEであるそうだ。つまりプレイステーションより前のゲームは、買う前に試しに遊んでみることは基本的にできなかった。雑誌の評判を頼りに、「これは面白いに違いない」というオノレの勘や嗅覚を信じて買うしかなかったことになる。
しかし今や、Xbox360ならば家で体験版をダウンロードできるのである。プレイヤーにとっては、自分に合わないゲームをつかまされてしまう可能性がずいぶん減ったことになる。
これは、作る側にとっては大変な話でもある。派手なデモムービーの目くらましを使ったりして、練り込みが甘いゲームを売り抜けたりしづらくなるからだ。でも「いい加減なものを作ればちゃんとバレる」、つまり「嘘が嘘と見抜かれやすい」という状況はきわめて健全だ。
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「フィフス・エレメント」は「嘘を嘘と見抜かせない」予告編だった
強烈な「嘘」というといつも思い出すのが、リュック・ベッソンのSF映画「フィフス・エレメント」の宣伝である。
これは宣伝では「おしゃれSF」であるかのようにうたっていた。「グラン・ブルー」や「レオン」を大ヒットさせた監督の新作となればスタイリッシュな映画であろうから、その宣伝は違和感がなかった。
ところが実のところ、「フィフス・エレメント」はちっともおしゃれでスタイリッシュなSF映画ではなく、端的に言って「バカSF」だったのだ。そして困ったことに、「フィフス・エレメント」はB級映画としては決して悪い映画ではなかった。金輪際「おしゃれSF」ではなかったのだけれど。
その結果、おしゃれSFを観たかった人はバカSFを見せられ、バカSFが好きな人は劇場に行かなかった。映画を作った側にも、「おしゃれSFを観に来た人にバカSFを見せる」という意図があったようには思えない。
つまりあの宣伝は、映画を作った人、観に行った人、観に行かなかった人をすべて不幸にしてしまったのだ。
自分は「おしゃれSFだと思ったらバカSFだったのでびっくりした」クチである。この体験で「映画の宣伝は、『私はこういう映画ですよ』という情報を適切に提供してほしい」と痛感した。一時的に動員を増やそうとして「こういう映画かもしれませんよ…フフフ」のような予告編や宣伝を作るのは、たくさんの人を不幸にする罪深き行いなのだ。
「体験版」の配信装置としてのYouTube
Xbox360では、ゲームの体験版だけでなく映像作品のダイジェストが配信されている。予告編や宣伝ポスターでは嘘をつけても、ダイジェストとなればさすがにどういうものかを正確に伝えてしまうだろう。
同じ効果が、YouTubeにもあるように思う。
たとえば、ミシェル・ゴンドリーという優れた映像作家がいる。彼の作ったPVのうち、カイリー・ミノーグの「Come Into My World」をYouTubeで検索してみよう。
このPVは本当にすばらしくて、一度見ると強烈な印象を残す。こういう映像を思いつき、またそれを実際に作ってしまうのがすごい。(2003年5月3日の日記でも紹介していた)
ほかには、ケミカル・ブラザーズの「Star Guitar」のPVもこの人が作っている。これもすばらしい。
ミシェル・ゴンドリーの作品をもっと見たければ、「Michel Gondry」で検索すればいい。
さて、ミシェル・ゴンドリーのよさを紹介したい人は、こうやって手軽に作品を見てもらうことができる。今まで彼を知らなかった人も、こうして作品そのものを簡単に見ることができる。もしかしたら、そのうちの何人かは彼の仕事を気に入って、作品集のDVDを買うかもしれない。
DIRECTORS LABEL ミシェル・ゴンドリー BEST SELECTION [DVD]
- 発売日: 2004/03/05
- メディア: DVD
このDVDに収録されている作品のほとんどは、おそらくYouTubeでも見ることができるだろう。しかしそれは、しょせんYouTube画質である。とても気に入れば、オリジナルを見たくなるはずだ。
おや、これってゲームの体験版と同じではないか。
ゲームのさわりを実際に遊んでもらい、気に入ってもらえればゲームを買ってもらう。作った側が自信のあるゲームならば、堂々と遊んでもらったほうがよい。そのほうが、どう面白いゲームなのかを理解してもらいやすい。
こうして、映像もゲームも、作った側に都合の悪いところがもしあれば、それが露見しやすい状況になっている。「嘘を嘘と見抜かれやすい」となれば、作る側はいい加減なものを作って売り抜けるのが難しくなる。その結果、良質なコンテンツが流通するようになるし、Xbox360やYouTubeの登場によって、自分に合うかどうかを判断しやすくなっている。いいことばっかりだ。
「そんな風に、簡単に作品そのものを見られてしまうと損をする」という意見が出てくるかもしれない。しかし「損をする」のはなぜか。よくないものを作ってしまって、実際よりも価値があるように見せかける必要が出たからではないか。
上のミシェル・ゴンドリーの例に限らない。「YouTubeを使ったテレビ番組の『引用』の合法性に関する一考察」を読むとわかるように、YouTubeのおかげで、面白いもの、よいものを作ればちゃんと報われるようになりつつある。
Xbox360やYouTubeが、「嘘を嘘と見抜きやすい」と同時に「本当に優れたものを見つけやすい」状況を作り出している。作る方は大変かもしれないが、いい仕事を目指すのは当たり前だし、いい仕事をすればそのことも伝わりやすい。昔よりはずっとよい世の中ではないか。