オープンソースの画像生成AIをセットアップから使い方まで解説する『Stable Diffusion AI画像生成ガイドブック』(ソシム刊)発売中(→本のサポートページ

金星探査機「あかつき」は姿勢制御エンジンで金星周回軌道投入を目指す

f:id:Imamura:20110930185241j:plain

「あかつき」はOME(軌道制御用2液エンジン)での金星周回軌道投入は断念、RCS(姿勢制御用1液エンジン)を使っての金星周回軌道投入を目指すことになりました。

「あかつき」は金星を30時間で一周する軌道に投入される予定でした。これは高速で移動する金星の雲を追いかける軌道です。同じ雲を継続的に観測することで、謎が多い「スーパーローテーション」の解明を目指す目的がありました。しかしOMEの破損は大きく、OMEでの軌道投入を断念することになりました。代わりにRCSで金星周回軌道へ入ることになります。RCSによる軌道制御は11月上旬に行われます。

OMEを使わないと決めたため、不要な酸化剤60キロあまりを投棄することになりました。機体が軽くなれば、それだけ少ない推力で目標軌道に近づくことができます。酸化剤は10月中旬までに投棄されるとのことです。酸化剤の投棄やRCSの長時間噴射という、予定にない動作で不具合が出ないかどうか検討され、おそらく大丈夫だという結論が出ています。

同じ金星周回軌道でも、RCSで投入される軌道は当初予定と異なります。詳しい軌道要素は今後わかってくるとのことです。ただ金星を回る周期が変わるのは確実で、同じ雲を継続的に観測することはできなくなりました。それでも金星周回軌道に投入されればさまざまな観測が行われ、金星に関する新しい知見をもたらすことになるでしょう。

「あかつき」は半年で金星周回軌道に入る予定だったのが5年後になってしまいました。また太陽の近くを何度も通ることにもなり、機器がもつかどうか心配です。しかしJAXAはベストを尽くすことでしょう。

「あかつき」の金星周回軌道投入失敗に係る原因究明と対策について(第4回)

  • 日時:2011年9月30日(金)18:30〜19:30
  • 場所:JAXA東京事務所プレゼンテーションルーム
登壇者

(詳しい資料はWeb上にアップされています)

第4回調査部会報告のまとめ(資料から抜粋)

  1. 今後の軌道制御に向けてOMEによる地上試験を含め以下のことを実施。
    • 破損した燃焼器に再着火すると、着火衝撃により破損が進行する可能性がある。
    • 着火衝撃の特性取得のための実験結果から可能な衝撃緩和条件を求め、探査機上でもこれを達成できる見込みが得られたため、OMEの使用可否判断のための試験噴射計画を立案した。
  2. 9月7、14日に軌道上試験噴射を実施した結果以下の結論に達した。
    • OME推力は40N程度であり、今後の軌道制御に有効な比推力が得られない。
    • OME燃焼器は、破損が進行したと考えられ、今後の使用は断念する。
    • 今後はRCSによる軌道制御によって金星再会合および再投入を目指す。
    • RCS(一液触媒燃焼方式)による運用のため酸化剤を全て投棄する。
  3. 今後の運用計画と金星再会合・再投入に向けた計画
    • 酸化剤投棄運用に続きRCSによる近日点軌道制御を実施
    • 金星再会合および再投入に向けては、今回の近日点における軌道変更以降、探査機の状況、RCS運用結果などに応じて、観測成果を最大化する軌道と投入方法を科学コミュニティにおける検討を踏まえて検討していく。

調査部会資料の概略説明

(稲谷)

資料を抜粋して読み上げ。(省略)

質疑応答

時事通信松田:燃料と酸化剤の量を知りたい。当初量と現在量は。

稲谷:確認して答える。現在は燃料100キロ強、酸化剤60キロ強。

時事通信:酸化剤を捨てること自体を推力として使うことは考えているか。

稲谷:考えている。しかしそれで得られる推力は非常に小さいとも予測されている。

時事通信:投棄を単独で行うということは。

稲谷:投棄の際に機体をどちらに向けるか検討する。

時事通信:凍結について。

稲谷:酸化剤の投棄で配管の温度が下がり凍結することがある。長時間流しっぱなしにすると凍結するのを心配して、休みながら噴くという方法を考えている。

朝日新聞田中:最終的な観測点で投入される軌道について。当初予定と今回どうなるか。

稲谷:当初予定では遠地点高度8万キロ、期待している軌道は遠地点高度が8万キロよりだいぶ高くなる(数倍程度)と予想され、できるだけ下げるようにしたいと考えている。

NVS金子:当初予定していた軌道に入れないことであきらめなければならない観測は。また逆にできる観測は。

中村:できあがり軌道が不確定なためサイエンティストが検討するにも幅がある。当初予定のスーパーローテーションの解明がどの程度になるのか。極軌道になるか水平軌道になるかでも変わる。サイエンスができるだけ大きい成果を得られる軌道を目指す。

とはいえ30時間軌道で西向きに入ることは大切だと何度も申し上げていてそのことは変わらない。金星の気候の解明は地球の気候の解明にもつながる重要なこと。これからどうするかは世界中の金星研究者が話し合っている。ほかの国が同じ方法で観測しても人類全体に資するだろう。いつかは必ずやりとげる。

稲谷:サイエンスは軌道がどうなるか待っているとあったが、この軌道ならこういう観測ができる、という予測はすでに複数ありその選択の問題となる。

会合を何回か繰り返したあとにいつ軌道に入るか。「会合」と「投入」で言葉を使い分けている。

いつまでに周回軌道に投入するのがよいのか、さまざまな可能性から選択していく。選択肢を提示しその中からサイエンティストに選んでもらう。

中村:サイエンティストはどのくらいの幅でいけるか、自由度がどのくらいあるかというデータを待っている。なにが最適であるのかを宇宙研、日本や世界のコミュニティと議論して決めていく。

時事通信松田:軌道傾斜角の件。平たい軌道と立っている軌道でどう違うか。周回できる遠金点の最も遠いところは。

稲谷:金星の周回軌道では太陽の影響でずれていく。軌道傾斜角が高いほうがずれが小さく、探査機が長いこと生きるだろうという定性的な話はある。最低でも1か月の観測をと科学は求めているがどうなるかはわからない。

中村:遠金点が××だと太陽からの摂動の影響は小さい。

稲谷:月は遠地点38万キロ。周回軌道はそういう数字でも成立する。

時事通信:極軌道だとどんなサイエンスがあるのか。

中村:近金点が近いと画像を鮮明に撮れる。雲の3次元構造や電波掩蔽(えんぺい)などは観測できる。

稲谷:先ほどの燃料残量について。初期は燃料117キロ、酸化剤78キロ。現在の残量は燃料98キロ、酸化剤64キロ。現在量は予測のため誤差がある。

ライター大塚:去年中村プロマネにエアロブレーキングについて聞いたときは慎重な様子だったが現状ではどうか。

稲谷:頭の中にはあるがどれほど有効かはいろいろな手段の中で考えなくはないという程度。一方でESAなどほかの探査機が挑戦している。我々もトライしてみたい。しかし金星の大気を通すことで探査機へのダメージも考えなければならない。それらをセットで議論する。

大塚:一度RCSで再投入してから近金点でエアロブレーキングするのか。

稲谷:その通り。いったん周回軌道に入ってからちょっとずつかすめる。

大塚:エアロブレーキングをするなら高度はどのくらいになるか。

稲谷:高度100キロや200キロをかすめるといったところ。金星では高度に対して地球よりも大気が濃い。

以前「ひてん」でエアロブレーキングをやったことがある。しかし今回それをプライマリで考えているわけではない。

毎日新聞野田:燃料と酸化剤の量について、トータルを廃棄するのか。

稲谷:酸化剤だけを投棄する。燃料は姿勢制御にも使うため捨てない。

野田:あかつきの総重量に対してどの程度変化があるか。

稲谷:調べます。

JAXA:現在の490キロ弱から64キロを捨てるということになる。

野田:遠地点高度は90日で1周する軌道と以前聞いたが。

稲谷:それはちょっと長すぎる。数日から1週間程度。何時間ではなく何十日でもないという数字。

NHKはるの:再会合と投入のタイミングは異なるとのことだが、もともとの探査機の寿命は2年と聞いた。寿命に余裕はないのでは。

稲谷:会合と会合の間隔は8か月。1回で入れなければ8か月後、それでも入れなければさらに8か月ということ。

中村:寿命が2年間というのは、当初予定の道では日陰に入ったときバッテリを使うことになりその劣化から。今回再投入する軌道は太陽に当たり続けるためバッテリの劣化はあまり進まない。

NHKRCSの60秒間の試験噴射を行ったという話があったと思うが。

稲谷:いえ、それは記憶違いだと思います。

?:たびたびで恐縮だが、軌道高度について楽観的な数字で何万キロといった数字はあるか。

稲谷:現在はかなり幅を持って考えている。軌道投入のしかたにもよる。さまざまな要素があるため具体的な数字を申し上げにくい。

?:遠金点8万キロにはもう入れない?

稲谷:時間を無限に使ってもよいのなら可能だが、事実上不可能。

?:断念しているということか。

稲谷:断念という言葉が適切かはわからないが、かなり難しい。

?:近金点の軌道は変化するか。

稲谷:300キロから350キロ程度。

?:探査機の寿命はバッテリの寿命で決まるのか。

中村:さまざまな要素がある。太陽フレアで影響を受けるなど。長く宇宙にいればさまざまな影響がある。

?:探査機の寿命で長いものは。

中村:GEOTAILは2年予定が19年もっている。かなり長生きすることがある。はやぶさも当初予定よりだいぶ長かった。

科学新報社?:現在の燃料で投入できる軌道について。

稲谷:先ほどと同じ。(はっきりとは申し上げられない)

?:期待する軌道は。

稲谷:期待はあるがここでは申し上げられない。今日は先程の数倍という数字でご勘弁いただきたい。

NVS金子:姿勢制御スラスタ(RCS)について。はやぶさのRWはブラックボックスでいろいろできない事情があったが今回のRCSはどうか。

JAXARCSJAXAで開発したものであり、使っている部材の一部に外部のものはあるがブラックボックスではない。

稲谷:完成品を買ってきて取り付けたというものではない。

読売新聞木村:OMEは今どういう状況と考えているか。

稲谷:資料8ページのように地上での実験で再現した。でこぼこした断面、一部根っこのところに燃焼器が残るなども考えられる。40N?60Nのどこにあるかは少しの形状変化で起きることで精査は意味がない。ただ予定の推力からひと桁少ないのは確実。そういった状況。

読売新聞:全損に近いという状況?

稲谷:それが現状をよく説明するという状況証拠ということ。

?:観測機器の寿命について。

中村:機械的に動いているものは劣化していくため止めておく。宇宙放射線での劣化でCCDの素子がやられていく。画質が落ちる。ただサイエンスをやるのに十分な画素が残っているかどうかについては楽観的。サイエンスの質が変わるほどではないだろう。

?:5年後6年後なら十分使えるということか。

中村:カメラの種類にもよるが。

時事通信:熱が厳しくなってまっさきに痛んでいくものは。

稲谷:探査機の熱環境が厳しくなっていくとどう劣化するかはデータを取りながら見ている。2回目の近日点を11月に通る。1回目のときこの姿勢がよいだろうとか、2回目RCSの噴射のため姿勢が変わる。それぞれ機器がどうなるか情報を得られるだろう。

地上でも劣化試験、劣化による特性変化の試験なども行なっている。データを蓄積しつつ取れた温度履歴と合わせながら何回かの近日点をこなしていく。

ただ劣化したから観測しないということはないだろう。悪くなってきたら条件を緩和するような運用をしていく。

カメラは表についている。こちらを向ければこのカメラが、あちらを向ければこのカメラがつらい、ということがある。

中村:近日点0.6AUでも厳しいものはある。バッテリの劣化が進むなど。衛星全体の温度ポテンシャルが低いとわかっているためなんとかもつだろう。こちらの面を向けて近日点を通ったらこれが悪くなったため今度はこちらの面を向けるといった運用をする。

熱入力ごとに機器がどうなるかのシミュレーションは地上でできる。それも検討しながら。

(相模原へ)

サイエンスライター青木:資料5ページめのチャート一番上、塩が生成してCV-F(燃料側逆止弁)が閉塞とあるがこういうことは今までに起きたことがあるのか。

稲谷:燃料と酸化剤が蒸気で反応した。シールを透過した。

青木:資料12ページ、いつ全損したと考えているか。去年12月にすでにこうなっていたのか、9月の燃焼試験でこうなったのか。

稲谷:12月にエンジンが停止した時点ではスロート部で破損しつつ燃焼器は存在していたと考えられるデータがある。今回2回の試験噴射で(10ページにあるように)獲得できたデータは1秒間に8サンプルという粗いもの。地上試験で着火衝撃は1000分の1秒単位のもの。

可能性としては試験噴射1回目に壊れただろうがエンジン停止時どうなっていたかはデータがない。最後に火を消したときのデータは燃焼器が存在することを示している。

2回目の試験は1回目と同じようなデータが出ている。

青木:RCSでの軌道投入は本来の使い方ではないが長時間噴射でのダメージは。

稲谷:そのことは心配しなければならないが、どのくらい心配かを知るためにつけた資料が15ページめ。長秒時での噴射でも大丈夫。

青木:OMEが使えずスーパーローテーション観測という目玉が得られないのは残念だが、観測方法が変わり投入軌道も変わるだろうがスーパーローテーションの手がかりをつかむ観測方法はあるのか。また今後米ロがスーパーローテーション観測を共同で行なっていくのか。

中村:国際協力については世界中の金星科学者から数か月に一度というハイペースで会議を開いている。この先どうするのかは次の会合で話し合っていく。

スーパーローテーションにはさまざまな謎がある。それを解明する。もともと30時間周期の軌道に入って20時間にわたって同じ面を見ることができる予定だった。それ以外にもスーパーローテーションにはいろいろな手がかり。あかつきはカメラで撮影できるというのが一番の目玉。さまざまな観測ができるだろう。

青木:あかつき部内の状況、雰囲気は。

中村:みな元気です。意気軒昂ではあるがここは真剣にやらなければならない。今のあかつきにできることを必死に考えている。あかつき後に我々がどのような行動を起こさなければならないかも考えている。若い科学者にデータを与えられるのが数年間延びてしまうのは申し訳なく思っていて、できるだけのことをしていきたい。

広報三輪田:質問が長いのでそろそろそのくらいに…。

青木:後継機については。

中村:今それを申し上げる状況ではない。

(マイク東京へ戻る)

ライター大塚:RCSを使う場合の噴射時間は。ガスを噴射して圧力が下がっていくが大丈夫か。

稲谷:RCSは数百秒の連続噴射をしようと思っている。バルブが詰まっている状態で圧力がどう回復したかのデータを持っている。これが1時間程度。ブローダウンで下がった圧力がどう回復するか、実機のデータを得たい。

増速量は1回の噴射で300メートル毎秒。イメージとしては3回とか、何回かやって最後に調整するとかいろいろ考えられる。必ず半端が出るだろうからそれをどこで吸収するかという話。

稲谷:最後に一言。探査機が今の状況を継続するなら観測は可能。想定外の環境にさらされる影響は最大限へらしていきたい。金星観測ができる可能性がある限りはそれを追求していきたい。

(終了)