防犯カメラと監視カメラ

防犯カメラの映像が犯罪捜査に役立ったという話をよく聞くようになった。なにかがあった時に役に立つのはいいんだけれど、以前はプライバシーの観点から、カメラが増えることに対する慎重な意見も多かった。「クローズアップ現代」でもそういう話を見た気がする。 検索してみた。

そうか、防犯カメラは以前は「監視カメラ」と呼ばれていたんだな。気がつくと最近は「監視カメラ」と言わなくなっている。同じものでも呼び方で印象が変わる。監視カメラに監視されるのはイヤでも、防犯カメラは自分を守ってくれそうで頼もしい気がする。実体は同じなのに。

クローズアップ現代+」ではその後も監視カメラ/防犯カメラを扱う内容が放送されている。

4年後の放送では「監視カメラ」が「防犯カメラ」になっていた。2010年から2014年の間に、世間の受け取り方が「監視カメラ」から「防犯カメラ」に変わっていったのかもしれない。

スマートフォンの普及で、高画質なカメラを多くの人が持ち歩くようになった。最近はドライブレコーダーを取り付ける車も増えている。カメラが増えると、逃走中の様子をとらえられる可能性が上がるので強盗やひき逃げは減るだろう。犯罪の様態は時代とともに変わる。営利誘拐や銀行強盗は最近めっきり聞かなくなった。技術の高度化でリスクに見合わなくなったからだろう。カメラの増加もその変化の一つだ。

カメラが増えているというコンセンサスが広がることで犯罪の抑止になる。これは公衆衛生みたいで面白い。ワクチンは一人だけ打っても効果は小さく、ある程度以上の人数がまとめて接種することで効果が上がる。カメラの増加も十分認知されることで効果がわかりやすくなり、社会が許容するようになってきたといえるかもしれない。

一方で、上の2つの「クローズアップ現代+」は監視カメラや防犯カメラの運用の難しいところ、見落としがちな視点を採り上げている。

ささいなマナー違反やルール違反もカメラに記録されてしまうと、相互監視的できゅうくつな社会になる。映像は確かな証拠と思い込みがちだが、レンズを通した記録を読み間違えることもある。便利な技術でも過信せず、自分の身を守るものが自分に災難をもたらす可能性を忘れないようにしたい。

(2018年4月2日記)