5月22日に「クジラと生きる」というNHKスペシャルが放送された。
和歌山県の太地町(たいじちょう)では、昔からイルカ漁をやっている。漁の様子がドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」で紹介された。
「ザ・コーヴ」はイルカ漁をやめさせたい主張が強く、いろいろ行き過ぎに見えた。「この撮り方、この編集では、太地町の人が怒るのは無理もないと思った」という感想は以下に。
- 「ザ・コーヴ」を上映会で観る - Imamuraの日記(d:id:Imamura:20100610:thecove)※上映会のあとの座談会も示唆に富むので、太地町に興味を持った人はぜひ読んでみてください
しかし「ザ・コーヴ」はドキュメンタリー部門でアカデミー賞を獲り、太地町のことも欧米によく知られるようになった。いくつもの環境保護団体がやってきて一方的に仕事を妨害し、地元の人に「イルカやクジラを捕るなー」と暴言を浴びせる。町の人たちはもううんざり、という様子が描かれていた。
ただこの番組はそこまでで、もう少し踏み込みがほしいと感じた。
「ザ・コーヴ」はイルカ漁に反対する側からの視点しかなく、太地町の人たちの心に迫ろうとはしていなかった。主張をぶつける相手とのコミュニケーションがなく、一方的に見えた。
今回のNHKスペシャルもその構造は同じだ。ただし立場は入れ替わっている。太地町の人々にだけフォーカスし、隣にいる環境保護団体にはインタビューをしていない。これはもったいないと感じた。
たとえば、環境保護団体の人たちは仕事として太地町に滞在し、イルカ漁の様子を撮影しようとしている。それについてどう感じているのだろうか。
彼らの目的はイルカ漁をやめさせることだ。では現場でいろいろするよりも、政府に働きかけるほうが効果的なように思える。でもそうはしない。
残虐に見える映像を撮れれば、彼らはそれだけ効果的に太地町のありさまを告発できる。そうなれば団体の宣伝となり、寄付や出資も増えて、さらに大規模な妨害活動ができるようになるだろう。テロまがいの行為で他人の不快をあおる方が活動を拡大するには効率的だから、わざわざ太地町へ乗り込んでくるのではないか。心の裏では、太地町が本当にイルカ漁をやめてしまって次の食いぶちを探さなければならないことを心配しているのではないか。
そんなふうに生計を立てていることについて、彼らはどう思っているのだろうか。正義のための抵抗運動だから相手のことなど考えないのだろうか。そういう考えのもととなる文化的背景は。
という具合に、環境保護団体の側へ食い込んでいく作りにもできたように思う。実際のところがどうなのかは知らないので的外れかもしれないが、単なる両論併記にとどめない内容にはできたのではないか。
でも今回のNHKスペシャルはそういうふうにはしなかった。文化摩擦の最前線に意図せず立たされてしまった人たちの困惑やいらだちだけを描く。そしてその奥にあるものについてはなにも言わないことにしたのだろう。そこがもったいないと思うのだった。