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エクスナレッジが近藤誠の本を出したと知ってショック

画像を見て、今でも近藤誠の本を出すところがあるのかと思った。近藤誠は「がんは治療するな」とか「ワクチン接種は不要」といった、標準医療を否定する意見を一般書で継続的に発信している。標準医療は長い時間と膨大な手間をかけ、なるべく多くの人に有効な処置として提供されている。それをばっさり否定する逆張りぶりが受けてか、本はよく売れている。

今度の本は『がん治療に殺された人、放置して生きのびた人』。がんを治療したがすぐに亡くなった人と、放置して何年も生きている人を紹介しているらしい。自説に都合のよい症例を集めているのではないかとか、あとづけならどうとでも言えるなどと思ってしまう。一体どこが出すのだろうと書名のあたりを見回すとISBNが目に入った。ISBNの冒頭を見るとどこの版元かがわかる。978-4-00なら岩波書店、978-4-06なら講談社である。といっても知っているのは数社なので、「ISBNでどこかわかったりして。でもそんなことはないだろう」と思ったら一番よく知っている978-4-7678だったので本当に驚いた。これは前職のエクスナレッジのISBNだ。

がん治療に殺された人、放置して生きのびた人

がん治療に殺された人、放置して生きのびた人

エクスナレッジに入ったのは1999年。「CAD&CGマガジン」の編集部に中途で採用された。取材から雑誌の企画を立てて原稿を発注しページにしていく。企画と制作のイロハはここで学んだ。

2002年からは書籍編集部へ異動して一般書を作った。それまで建築やCADの専門家向けの本が中心だった会社が、一般書の方向性を模索していた時期である。最初は企画がなかなか通らなかった。あれは経営側もどんな本なら売れるのか、感触がわかっていなかったからではないだろうか。こちらも得意な書籍のジャンルはこれから作るという状況だから、いろいろな方向にアンテナを張って企画と著者を探した。

そんな中でできたのが、下のような本である。

『HTMLとスタイルシートによる最新Webサイト作成術』

エクスナレッジの前に勤務していた編集プロダクションではパソコン関係の実用書を作っていて、最後にHTMLの解説書を自分で書いた。このときの知見をアップデートして執筆したのがこの本。最初は売れなかったが刊行後1年以上経ってからじわじわ売れて5刷まで増刷した。

プラネタリウムを作りました。』

今は日本で唯一の「プラネタリウムリエーター」になった大平貴之さんの半生記。プラネタリウムのために自室にクリーンブースまで作ってしまうクレイジーぶりが淡々とした筆致で語られる。山形浩生朝日新聞に書評を書いてくれたのが嬉しかった。付録には四季の星座図、全国のプラネタリウム一覧、プラネタリウムペーパークラフトをつけた。この本を読んだ人が次にしたいことは、星を見に行きたい、プラネタリウムへ行きたい、自分もプラネタリウムを作りたいの3つだろうと想像し、その希望に沿うようにした。のちにこの本を原案にして、堂本剛主演でドラマ化された。現在発売されている増補改訂版に自分は関わっておらず、こちらは付録も省略されている。改訂版を作るならご相談いただければ、コストのかからない改善点をいろいろご提案できたんですが。

ディズニードラマスペシャル 星に願いを ~七畳間で生まれた410万の星~ [DVD]

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ウミガメのスープ」シリーズ

ポール・スローンのウミガメのスープ

ポール・スローンのウミガメのスープ

ウミガメのスープを飲んだ男が自殺した。どうして?」という推理ゲームがある。学生時代の友人が仕入れてきたものでとても面白い。この種の問題集を作れないかとしばらく調査していた。海外で問題集が出ているとわかり、翻訳ものとして4冊作った。のちにレベルファイブによってニンテンドーDS向けにゲーム化された。本は今でも少しずつ売れていると聞いた。未翻訳の続編がまだあるので世に出せたらいいな。

スローンとマクヘールの謎の物語

スローンとマクヘールの謎の物語

スペースシャトルの落日

スペースシャトルの落日~失われた24年間の真実~

スペースシャトルの落日~失われた24年間の真実~

プラネタリウムを作りました。』をbk1で書評してくださった縁で、宇宙ジャーナリストの松浦晋也さんと知り合った。本を作っていると、それが少しずつ実績になっていくと実感した一件である。2003年のスペースシャトル墜落事故からの打ち上げ再開は、野口聡一宇宙飛行士の初のシャトル搭乗ミッションでもあった。それに合わせてスペースシャトル計画を「壮大な失敗作である」と総括してもらった。これはのちにちくま文庫に収録された。

増補 スペースシャトルの落日 (ちくま文庫)

増補 スペースシャトルの落日 (ちくま文庫)

エクスナレッジで作らせてもらった本はほかにもたくさんあり、どれも思い入れがある。しかし『スペースシャトルの落日』の制作では諸事情でほかの本と刊行時期が重なり、激務の結果うつ病を患ってしまった。休職と復職を何回かくり返したが回復せず、結局2008年に退職することになった。今はほぼよくなったが投薬は続いている。無理は禁物である。

自分が作った本が全部よく売れたわけではない。しかし「建築知識」から社名を変更したエクスナレッジが、一般書の版元として一定のプレゼンスを獲得する一助になる程度には、きちんとした本を作ってきたと自負している。またエクスナレッジでは企画が通ればかなり自由に作らせてもらえた。出版社に勤めていても、自分の作りたい本を作れる人は多くない。会社には、そのような環境に置いてくれたことを感謝している。

それだけに、古巣がこのような本を出すとは複雑な気分だ。

この本はほかの近藤誠の本と同じように売れるのだろう。本や雑誌の売り上げ総額が下がり続けている昨今、多く売れると期待できる企画をどの版元も欲している。それはよくわかる。しかし近藤誠は劇薬だ。これでエクスナレッジを見限ってしまう人も少なくないのではないだろうか。そのことが悲しい。