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福島第一原発の吉田昌郎元所長は英雄ではない

福島第一原発吉田昌郎元所長が58歳で亡くなった。食道がん東京電力がわざわざコメントを出した。「吉田元所長が原発事故以後に浴びた放射線は70ミリシーベルトで、食道がんになるには一般的に5年かかる。吉田元所長のがんは原発事故由来ではないと思われる」。

彼は福島第一原発の現場で陣頭指揮にあたり、廃炉になるのを恐れた東電本店の意向を無視して原子炉に海水を注入し続けるなど、事態の収拾に大きな役割を果たした。

しかし一方で、福島第一原発が全電源喪失する原因を作ったのも彼自身だ。

11年12月に公表された政府の事故調査報告書(中間報告)によると、吉田さんは原子力設備管理部長だった08年、従来の想定を大幅に上回る「最大15.7メートル」の津波原発に押し寄せるとの試算結果を独自にまとめながら、「最も厳しい仮定を置いた試算に過ぎない」として防潮堤などの津波対策を先送りしたことが明らかにされている。

事故8カ月後の11年11月、原発内で報道陣の取材に応じた際には、事故を謝罪。「想定が甘かった部分がある。これからほかの発電所もそこを踏まえて充実させていく必要がある」と答えていた。

吉田元所長死去:原発立国の光と影を背負い− 毎日jp(毎日新聞)

つまり、吉田元所長には震災が起きる前に津波対策を強化する機会があったにもかかわらず、それをみすみす逃してしまった。そして福島第一原発津波で非常電源が使えなくなり、全電源喪失からメルトダウンを起こしてしまった。

2011年11月にこの中間報告について報道された翌日、吉田氏は福島第一原発の所長を辞任している。このとき新聞記事では「体調不良を理由に入院」とのみ書かれていて、具体的な病名は明かされなかった。「政治家の入院みたいに、世間の追及をかわすための辞任なのかなあ」と考えたのをよく覚えている。

このときのツイートがあった。

さて、「吉田元所長は英雄ではない」というのがこの記事のタイトルである。英雄ではないとしたら悪魔なのか。福島第一原発メルトダウンを防げる立場にありながらそれを怠った。結果としてたくさんの人が住む家を離れざるをえなくなり、将来を悲観して自死を選ぶ人も出てしまった。その責任は重大だということか。

いえいえそうではなくて、吉田元所長は英雄ではないし悪魔でもない。彼は単にその時向き合っている状況に対してベストを尽くそうとしただけの人だ。

原発事故という未曽有の状況に際しても、最前線でベストを尽くそうとしたことは尊敬する。ただそのことをもって英雄だと持ち上げるのもおかしい。

人生は判断と決定の連続だ。そしていつも正しい道を選ぶ人はいないし、いつも間違える人もいない。人間とは複雑なもので、ある場面での行動だけで全人格を評価できるものではない。「この人は英雄だった」というような、わかりやすい枠に押し込めようとするほうがよほど問題だと思うのだった。

余談と関連記事

吉田氏が津波対策を強化しなかったのは「そんな津波は来ないだろう」と考えたからで、これは結果として間違っていた。しかしそのことを責めてもあまり意味がないように思う。

日本の社会は間違いに厳しい。それに間違えた人を責めるのは簡単だし安全なところから言えるから、その人への風当たりが強くなりがちだ。だから間違えたときに隠そうとしてしまったりする。間違えた人にこそ思いやりを持って接したい。

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(7月13日記)