- 作者: 安野光雅
- 出版社/メーカー: 朝日新聞社
- 発売日: 1985/02
- メディア: 文庫
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安野光雅が、算数や数学に関連する話やそうでない話をつづったエッセイ。それぞれの項目は独立しつつ、次々と連想が広がっていく部分もあって、発想の面白さに何度も読み返したものだった。
のだが、引っ越して本棚へ本を入れていて、この本がないことに気がついた。
- 関連記事:「行方不明の文庫本たち」(d:id:Imamura:20040811:books)
で、絶版になっていたため、結局Amazonマーケットプレイスで買ったのだった。
「これを買おう」と決め打ちで書店に行っても、なかなか見つからないことがある。絶版の古本ではなおさらだ。でも、今なら古本でもネットで探して通販できるのだから便利なものだ。
届いてぱらぱらと読み返すと、今読み返してもやっぱり面白い。いくつかを紹介(引用の際、可読性にかんがみ、数字の表記を一部算用数字にしました)。
- 【35】
- 今の国家予算は兆の単位だが、国家予算が一億を超えたのは私が小学校の頃だった。一億がどのくらいすごいかというと、一銭玉を厚さ一ミリと見て、これを一億円つみ重ねると一千万メートルになる。高さ約九千メートルのエベレストを一千個積み重ねたよりもはるかに高いと聞いて肝をつぶした。
- 【39】
- (引用者註:お金についての話がいくつか続いたあと)八、九年前、例の三億円強奪事件がおこったとき、車で走っていた私も検問にかかった。「何? 三億円ですって、そんな大金は乗用車に入らないでしょう」と私はいった。エベレストを超す話が頭の中に残っていたのだった。「いや、それが入るらしい」というおまわりさんも自信がなさそうだった。帰って計算しているうちに、三億円の札たばが幻となって眼前に展開した。
- 【62】
- 伊藤博文を鋏で切り取った千円札を銀行に持ってきて、恐縮しながらとりかえてもらうお母さんを見たことがある。その犯人らしい子がちょろちょろ走り回っていた。銀行員は顔色ひとつ変えずに、お金を新しいものととりかえた。後で思った。あのお金は、子どもが大きくなるまでお母さんが大切にしまっておくべきだった。ちょろちょろ走っていた子は、大天才かもしれないのだ。
- 【62-1】
- 顔色ひとつ変えない銀行員というのは困る。
- 【134-1】
- 【134】で映画のフィルムの逆まわしをしても、往復運動は変りがない、ようなことをいった。フィルムの逆まわしでは、プールから人が跳び上ったり、こわれた金魚ばちがもとどおりになるなど、要するに覆水盆にかえることが意外性があっておもしろいにちがいないが。仙名 紀と話していて、一見往復運動のように見えるところの、打ちよせる波、ブランコ、キャッチボールなどは、意外に違いがある、このちがいの方が、覆水盆にかえる意外性よりも、かえっておもしろいのではないか、という結論に達した。
- 【229】
- 乙女は、花を摘み、花びらを一枚ずつちぎりながら、スキ、キライ、スキ、キライと交互に唱え、残った一枚の花びらに希望をかける。スキ、という答の出るまでやめない。こんどはキライ、スキという順序でやればよい。
- 【251-1】
- 新宿の駐車場に車を入れたが、キーを車内に残したままドアを閉めてしまった(この便利な装置はかえって不便なので車のデザインをする人はもう少し考えてもらいたい)。もう電車のない時刻だったので、タクシーで自宅まで帰り、スペアキーをとって戻った(中略)。ところが、とってきたキーは別の古い車のものだった。とうとう三角窓をこわして運転して帰った。その時のタクシー代が五千円くらいかかった。窓ガラスの修理代は千五百円だった。
- 【264】
運転免許のかき換えで、試験場にいき、一時間の講習を受けた。と……会場に、ボタンを押せば、その数が一斉に電光掲示板に出る装置があった。(中略)
- 道をゆずったりゆずってもらったりしたことのある人
- 道をゆずったことはあるが、ゆずってもらったことのない人
- 道をゆずってもらったことはあるが、ゆずったことのない人
- 道をゆずったことも、ゆずってもらったこともない人
というような問いがあった。ほとんどの人が(1)を押すと思ったので、わざと(3)を押してみたら、150人中2人いたから内心おかしくてしかたがなかった。こうした統計風数値が出たとして、個々の人は何を考え、どうすればいいのか、さっぱりわからない。
- 【293】
- 『ABCの本』(福音館書店)をつくるときZの項に、白い垣根の柵のむこうに黒馬がいる絵をかいて縞馬に見せようとしたら、これはゼブラではなく黒馬ではないか、という人がいた。でも、縞馬の白の部分が、タマタマ白い柵と重なっているのだと思ったっていい。白い柵のむこうは、白か、黒か、明らかではないのだから、という意見もあった。
- 【310】
- 一個千円の西瓜を二つに割って売れば五百円ずつになる理だが、中身が保証される分だけ高くてもいい、という考え方もある。
こんな具合で、なんだか頭の血のめぐりがよくなる感じ。ここでは図を示せないため紹介できないが、立方体の展開図のバリエーション、三面図、タングラムなど、図やイラストを使った面白い話もたくさん載っている。
なお、「算私語録」には「その2」(ISBN:4022604174)と「その3」(ISBN:4022606193)もある。現在新刊で出ているのは、この3冊からの傑作選『新編 算私語録』(ISBN:402264253X)。
- 作者: 安野光雅
- 出版社/メーカー: 朝日新聞社
- 発売日: 2000/11/01
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ところで、届いたこの本をめくっていたら、書店購入時のものとおぼしきレシートが挟まっていた。横浜東口地下街ポルタ・丸善ブックメイツ横浜、1986年12月23日。20年近く前に、確かにこれを誰かが買ったのだ。このレシートはそのまま挟んでおこう思った。
ほかに、血のめぐりがよくなりそうな本というと…
- 佐藤雅彦『毎月新聞』(ISBN:4620316180:d:id:Imamura:20030718:p3で紹介)
- 赤瀬川原平『東京路上探検記』(ISBN:4101106126)
- ヨシタケシンスケ『しかもフタが無い』(ISBN:4891946636)