漂流する日本の宇宙政策、責任を巡って打ち上げ再開にゴーサインが出ず(nikkeibp.jp・04/06/08付)

記事の筆者は松浦晋也

「なにかあったら誰が責任を取るのか」という議論ばかりで、宇宙開発委員会からは「打ち上げなければ事故もない。だから打ち上げなければいい」という空気すら伝わってくる。ロケットは失敗しながら開発していくものなのに。政治的に考えると、自分の任期の時に打ち上げたロケットがもし失敗すれば、自分のキャリアに傷がつく。一番いい方法は、自分の任期のうちに打ち上げないことだ。その論理はわからないではない。

ところが今使っている気象衛星は設計寿命がとうに尽きており、いつダメになるかもしれない。次の衛星はできあがっている。そんな緊急事態なのに、肝心のロケットは打ち上げのめどが立たない。

なんなんでしょうか、この状況は。

打ち上げはもちろん成功するに越したことはないけど、失敗は次の成功の糧になるし、そもそも天気予報に今すぐ衛星が必要なのだ。H-IIAロケットが墜ちた原因がわかったのなら、直して打ち上げればええやん。気象衛星が使えなくなって台風の予報が外れたりしたら、伊勢湾台風の二の舞ではないか。その時の責任は誰がとるのか。まったく情けない。