今日のブックマーク
- 14:01:06 So-net blog:千里一隅(旧・千里山一里):この商品はふりがなの要る人向けだったのですね!
http://blog.so-net.ne.jp/MizunoYutaka/2007-07-21-1
言葉 文化 なんかショック。
過去の日記:7月22日
2003年以降の7月22日の日記をまとめ読みできます。
→http://d.hatena.ne.jp/Imamura/____0722
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「『twitter』は現代のタバコ部屋になるか?」の答え合わせ
以前、こんな記事を書いた。
もしかしたらもしかして、もしかするともしかして。
twitterは、なくなった喫煙室の代わりをある程度務められるんじゃないだろうか。
まんぷく::日記 - 「twitter」は現代のタバコ部屋になるか?
「twitter」とは、各ユーザーの書き込みを互いに読んだり、コメントしたりできるサービス。
twitterはシステム的に「mixi」のような強いつながりは作られず、「mixi疲れ」のような心配はないところが「重さ」を感じさせなくてよい。
さて、上の記事を書いたのは4月16日である。今日で、twitterに登録して約3ヶ月。今のところの結論はというと、twitterは、喫煙室コミュニケーションの代わりにはならないと思う。
そう考えた理由はいくつかある。
- こちらが発言を一方的にウォッチしている人に対して、メッセージをすぐに送れない
- 先方がこちらを友達に登録(これを「Follow」という)していれば、こちらからは「@ユーザー名」という書式で直接メッセージを送れる。しかし相手がこちらを「Follow」していないと、メッセージを送っても届かないようになっている。
- ある人が出したテーマに対する返答を漏らさずに読むことができない
- こちらが「Follow」している人(仮にAさん)が「この話どう思う?」みたいなネタふりをしたとする。私のほかにAさんを「Follow」している人(仮にBさん)がAさんに送った返答は、こちらがBさんもフォローしていないと読むことができない。なので「この話どう思う?」の次に表示される書き込みが「皆さん、ご意見ありがとうございました」だったりする。
お互いが「Follow」の関係にない人から一方的にメッセージを送れない仕様は、スパムコメント地獄を防ぐために仕方がないだろう。
でも「Follow」している人へのメッセージは、送り主が「Follow」でない人からのものであっても読めるようにしていいんじゃないだろうか。FollowのFollowもまたFollow、みたいな考えで。そうすれば、新しい人を知るいい機会にもなりそうだ。
ともあれ、twitterは今のところそんな作りである。そのために喫煙室のような、適度に刺激があり同時にフラットなコミュニケーションは発生しづらいように思う。
そうはいっても、喫煙室コミュニケーションの有用性は、誰でも認めるところではある。たとえばこんな記事がある(ほかに、上記の「『twitter』は現代のタバコ部屋になるか?」(d:id:Imamura:20070416:tobacco)でも紹介しています)。
喫煙室で交わされる情報って、普段とは違う情報が含まれる事が多々ある。それが非常に有効な場合もある。
社内では、喫煙室という虐げられた環境だが、逆に違う部署の違う肩書きの方々と様々な会話を交わす切っ掛けになっている。で、自分が抱えている問題とかを違う視点でみてくれるとか、今まではそういう機会はあまり無かったけど、喫煙室という環境がそれを可能にしているんじゃないかなと。
gobbledygook - 技術系の非喫煙者で喫煙室が羨ましいと思った事が無い人っているのかな?
そしてこの記事へのコメントで:
「gobbledygook - 技術系の非喫煙者で喫煙室が羨ましいと思った事が無い人っているのかな?」コメント欄
- id:DocSeri『(前略)そういう会話が喫煙所のみで成立するというのをどうにか打破した方がいいのでは。』
というテーマが出された。
(記事のブックマークのコメントで、id:nekoprotocolさんがこの状態を「スモーキングデバイド」と評していたのがナイス)
じゃあ「呑ミュニケーション(ノミュニケーション)」は…という話が出たけれど、下戸の人にはつらい。煙草を吸わない人にとって、「タバコミュニケーション」がつらいのと同じである。
これらのコミュニケーションは、「タバコ」や「呑み」の名目で行われるところがポイントであるように思う。タバコは吸い終われば終了、呑みはラストオーダーや酔っぱらい化で終了であり、際限なく続くわけではない点もいいのかもしれない。
結局今のところ、みなさん喫煙室や呑みによるコミュニケーションの有効性は認めつつ、ほかの方法を探している状態なのだろう。いいやり方が見つかれば、たぶんすぐに知れ渡るだろうから。
ポプラ社の萌え童話のすごいところ
こういう本があるとは。しかも版元はポプラ社。
中身は大きなお友だち向けというわけでもなく、絵が萌え系であることを除けば普通の絵本のもよう。
これを、児童書の老舗であるポプラ社が出すところがすごい。
アイデア一発と言ってしまえばそれまでかもしれない。でもそのアイデアが大切なのだし、実際に本として出すところが偉い。そして売れている。そこがすごい。
大人の塗り絵ブームに続く「自分でなぞる本」のさきがけ、『えんぴつで奥の細道』(ISBN:4591090892)もポプラ社から出ている。
これらの本は、アイデアを伝えれば、発案者本人が作らなくても大丈夫なところがまたすごい。「萌え絵を使った童話」「自分でなぞる本」、コンセプトはきわめて明快である。
自分が作る本の企画に、人に任せづらいものが多いことへの自戒も込めて。
曇り
- 2007年7月22日の記事をまとめ読み:http://ima.hatenablog.jp/entries/2007/07/22