「オデッセイ」は重力表現が不満だがプロフェッショナルしか出てこないのがよい

リドリー・スコットの「オデッセイ」を観に行った。

公開前から評判になっていて、2月5日に公開されると絶賛の声多数。ネタバレしたくないのでTwitterで「オデッセイ」の話題らしきツイートを見たらなるべく目をそらすようにしていたが、目をそらす回数がとても多い。これは早く観ないと。ということで公開1週間で観に行った。

金曜の最終回だし、これだけ話題になっているのだから劇場はけっこう混んでいるのではと思ったらこんな感じですよ。

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自分が観に行く映画は自分が観に行くくらいだから混雑しているとついつい思ってしまうの法則だった。

さて「オデッセイ」であるがその邦題は一体なんなのだ。原題は「The Martian」、つまり「ザ・火星人」である。原作となった小説の邦訳は『火星の人』で、これだと映画のタイトルとしてはおとなしい。

火星の人〔新版〕(上) (ハヤカワ文庫SF)

火星の人〔新版〕(上) (ハヤカワ文庫SF)

火星の人〔新版〕(下) (ハヤカワ文庫SF)

火星の人〔新版〕(下) (ハヤカワ文庫SF)

となると映画の邦題は「マーシアン」か、日本的に「マーズマン」くらいかなーと思っていたら「オデッセイ」。なぜオデッセイ。ホンダが好きなのか。

それはさておき、映画はとても面白かった。火星に取り残された植物学者が科学の力でサバイバルする話。空気、水、食料、通信などを確保し地球への帰還を目指すというプロットだけでちゃんと面白いのがすばらしい。立ち向かう相手は物理法則や化学反応であり、愛とか家族の絆とか変な味つけはないし悪役も無能も出てこない。そういう要素でむりやり物語を盛り上げようとしなくてもよい。登場人物は人として恥ずかしくない仕事をしようとしているプロフェッショナルばかりである。実にいいですね。

映像で気になったのは宇宙船ヘルメス号が宇宙を静かに進むカットで、これはいかにも「2001年宇宙の旅」のディスカバリー号を思い出させる。もちろんリドリー・スコットが「2001年」を知らないはずはないからわざと似せているのだろう。

そして問題は重力の描写である。火星は1/3Gなので、人間は自分の体重が1/3になる。水のしずくが落ちる速度や舞い上がったほこりが落ちる速度も1/3である。しかしそういう火星らしい表現はほぼなく、1Gの場所で撮影したそのままに見えるのが残念だった。

月に囚われた男」という映画も月が舞台なのに、主人公が1/6G下で軽々と飛ぶような描写がほぼなく、残念に感じたのを思い出した。

皆さんそういうの気にならないのかな。自分が重力のことを気にしすぎなのだろうか。「鉄血のオルフェンズ」も当初は火星が舞台だったが、火星らしい重力の描写がまったくないところが不満だった。

上の記事に対して「1/3Gの演出が物語への没入をさまたげないようにしているのでは」というような反応があった。いやいや、じゃあ火星を舞台にする必要はないでしょう。というか火星を舞台にしないでほしい。0Gと1Gの間がなくて、0Gでなければもう1Gとして表現しちゃうのはよくないよ。低重力なら低重力らしい表現にしてほしい。そういう映像を見たいという欲が自分は強いのかもしれない。

参考記事

ゼロ・グラビティ」も宇宙ではそうならないはずなのにという表現が多々あるところがもったいなかった。

(3月22日記)