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マツド・サイエンティスト・ナイト4「飛行機? 宇宙機? 超低高度衛星のひみつ」

今回の会場はいつものロフトプラスワンや阿佐ヶ谷ロフト/Aではなく、末広町の3331アーツ千代田である。4回目にして初めて満員札止めになってよかったよかった。

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今日はマツド・サイエンティストの野田司令がゲストの話を聞くという体裁ではなく、野田司令自身が進めている超低高度衛星「SLATS」計画の話。

現役の宇宙機エンジニアである野田篤司が、人と科学・技術との関わり合いについて語るイベントの第4回目です。今回は、JAXAにより数年後の打上げを目標に開発中の、世界で一番低い高度で周回する人工衛星SLATS開発の実体験から、斬新な発想はどう生まれるか、そして、それを科学・技術でどう実現するか。その道を切り開く方法について語ります。

【出演】
ロケットまつり事務局, 6月14日(土)昼開催「マツド・サイエンティスト・ナイト4〜飛行機? 宇宙機? 超低高度衛星のひみつ〜」のお知らせ

SLATSの情報があるのは今のところここだけのようだ。

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追記:後日プロジェクトページができた
SLATS | 人工衛星プロジェクト | JAXA一宇宙技術部門 サテライトナビゲーター(http://www.satnavi.jaxa.jp/project/slats/

低軌道衛星を検討することになったいきさつ

人工衛星のよくある仕事のひとつが地上の写真を撮らせることである。分解能が高い写真を撮るにはカメラの性能を上げればよいが作るコストが上がるし衛星が大きくなるため打ち上げコストも増えてしまう。カメラの性能がほどほどでも解像度が高い写真を撮るにはどうするか。単純だか地面に近づけばよい、つまり低い軌道を飛べばよい。

超低高度衛星「SLATS」は高度200キロ程度を数年間飛び続ける。国際宇宙ステーションISS)の高度は約600キロ、気象衛星などが使う静止軌道の高度は約36000キロである。一般的には高度100キロから上を宇宙と扱うことになっているが、200キロ程度ではわずかに存在する空気の抵抗がばかにならない。そこで燃費がよいイオンエンジンを使って長期間にわたって高度を維持し続ける。

こう書くだけだとこのアイデア、するするとスムーズに出てきたように感じるかもしれないがそんなことはなかった。地球観測衛星「だいち」の後継機を考える担当だった人が次はどうやってカメラの性能を上げるかうんうん考えていてある日ひらめいた。「そうだ、軌道の高度を落とせば地上が大きく見えて実質の分解能が上がるぞ! でも本当にできるだろうか」。

野田司令の昼間のお仕事は、宇宙機のアイデアが実現可能か検討するというもの。このとき「それはできません」と言わないことが肝心だという。できない理由を並べるのは簡単だがそうはせず、知恵を絞ってなんとかする。プラネタリウムメガスター」を作った大平貴之さんがよく言う「不可能を証明することはできない」に通じるものがある。「だいち」後継機の担当の人から低高度衛星のアイデアを聞き、高度200キロ圏の空気密度とイオンエンジンの性能からざっくり検討して数時間後には「できる」と返答したそう。

ここから先が大変で、こうすればできるのでは、そうするとこんな問題が、そこはこうすればできるのでは、今度はこんな問題が、というやりとりがたくさん発生したのだった。

低軌道衛星の実現のポイントは「新凍結軌道」

低軌道衛星を実現できそうだということで検討が行われることになった。高度200キロという、空気があるようなないような微妙な場所で人工衛星を運用するなど初めてである。人工衛星の検討会に空力の専門家が参加するという珍しいことになった。

空気がきわめて薄い場所では原子状酸素による酸化がばかにならないとか、特異な環境ならではの問題がいろいろ出てきたという話はとても面白い。当事者は大変だったと思うけれど、新しいことを始めるときに特有の楽しさもたくさんあったのではないかなー。

そして今回の低軌道衛星の計画で野田さんが一番うれしかったというのが「新凍結軌道」を見つけたことだそうだ。

人工衛星は地球の周りを回るが、地球を完全な球体と想定して作った人工衛星の軌道は微妙にずれていく。実際の地球にはわずかな凹凸があるからで、その結果地球上の場所によって重力がほんのちょっと違っている。そうして生じた軌道のずれを何度も修正しているとそのための燃料が早くなくなり人工衛星としての寿命が短くなってしまう。そこで衛星の重心を微妙にずらして軌道を安定させている。このようにした人工衛星がとる軌道を「凍結軌道」というそうだ。

そして今回、「新凍結軌道」というのを見つけた。重力や空気抵抗の変化で軌道がずれていかず、むしろある軌道へ収束していくのだそうだ。

野田司令と一緒にこの軌道を検討した方が下で詳しく解説している。「単に平均高度を保持するだけで、平均離心率ベクトルは新凍結離心率ベクトルに収束する」という書き方になっている。

ところで上の記事、コメント欄にすでに原子状酸素を心配する方がいるのも見ものだ。

そんなこんなで超低高度衛星「SLATS」を実現できそうということになり、数年内に打ち上げる予定なのだそうだ。これは挑戦的で楽しみ。せっかく珍しい軌道を飛ばすのだからいろいろセンサーをつけていってほしい、と終了後に関係者に水を向けたら「フフフ…それはもちろん」という話だった。いいですね。

今回のマツド・サイエンティスト・ナイトのレポート

前回、前々回のマツド・サイエンティスト・ナイトについて書いた記事

(7月31日記)