若田光一宇宙飛行士、ISSコマンダー就任決定会見

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日時
2011年2月17日午前10時
場所
JAXA東京事務所
登壇者
若田光一(ヒューストンよりテレビ会議で)、有賀輝(JAXA有人宇宙環境利用ミッション本部 有人宇宙技術部部長)
プレスリリース
JAXA若田光一宇宙飛行士の国際宇宙ステーションISS)長期滞在の決定について(http://www.jaxa.jp/press/2011/02/20110217_wakata_j.html
会見の動画(00:50くらいに始まります)

有賀:(リリース読み上げ)

6か月間の38次/39次長期滞在の搭乗員に決定、39次長期滞在の指揮を執る。

若田飛行士の略歴。

1992年4月宇宙飛行士候補者に選定、4年間飛行士候補者としてNASDAに。その後複数回飛行。最近は2009年に4か月半ほど滞在。

ISSには2011年5月末から古川飛行士が(28次/29次)、2012年6月ごろから星出飛行士が(32次/33次)長期滞在の予定。

2013年後半から6か月が若田飛行士。

立川理事長コメント読み上げ

若田飛行士抱負読み上げ

東京からは以上。若田飛行士へ

若田:古川飛行士がこれから長期滞在に挑む。星出飛行士の飛行も控えている。こうのとりは微動だにせず制御できた。ひとつひとつのミッションの積み重ねが強い日本への信頼につながっているのだろう。

きぼうは3年前に組立開始、大きなトラブルなく機能し成果が出てきている。

日本のISS貢献が高まり信頼感が高まった結果が日本人にコマンダーをまかせるという時代を招いた。

訓練してきているがこれまでの経験、運用部門のマネジメント経験なども生かしながら任務をまっとうできるようにしていきたい。

以下質疑応答

NHKコマンダーに就任が決まったときの心境は

若田:飛行士として選抜されたときは有賀部長に引率されて医学検査を受けにヒューストンへ行った

宇宙飛行士に決まってから19年たったが

先輩たちが築いてくださった結果

あっという間の19年だった

より高いレベルに持っていくために日本人が積み重ねていく必要があるし

このような機会を与えられたことに感謝したい。

読売:コマンダーに決まったのはいつか。38次39次の長期滞在の仕事。船長としてどのように指揮を執るか

若田:決定は今朝こちら(ヒューストン)で行われた多国間搭乗機会調整会議で決定。つくばから連絡を受けてコマンダーに決まったと聞いた。

観測実験、各国システムの訓練を行っていく。コマンダーとして成功させるためのカリキュラム、無理のないようにインプットしていくのも大きな仕事。

仲間は今後決まっていく。チームが決まってきたら一人一人の飛行士の長所、資質を生かして熱い思いを生かせるような仕事の計画を立てる。チームとして最大の成果が出るような舵取りができればと思っている。

ニッポン放送:長期滞在の大役に選ばれた時期というのは予想していたか。理由も

若田:日本の宇宙飛行士チームにとってISS滞在機会はとても貴重。このような時期に搭乗に選抜されたということはある意味予想を超えている。米ロの仲間は来週シャトルで打ち上がる。米ロは高い頻度で飛行機会がある。ISS計画全体の頻度からみると真新しいものではないが日本の飛行士として上がるのは大きな驚き。

日本の新しい宇宙飛行士候補者(大西卓哉金井宣茂油井亀美也各氏)はジョンソンを中心に訓練を受けている。近く宇宙へ上がるだろう。私に与えられたチャンスは宇宙滞在経験者ならではということだろう。

ISS参加パートナーである国の中で、コマンダーを出していないのは日本だけだった。日本にとって取り組むべき課題だったし光栄だと思っている。

毎日:飛行士のコマンダーにとって必要不可欠な条件や要素とは。過去の長期滞在でコマンダーが言ったことやしたことで印象に残っていることは

若田:適切な状況判断能力、チームワークを重んじる心がリーダーの資質。リーダーシップのスタイルはさまざま。緊急時、リラックス時、TPOで使い分けることが重要な資質。

特にコミュニケーションは重要。宇宙飛行士の間だけではなく地上管制局や科学者などとのコミュニケーションをはかっていくことが大切。ブライアン・ダフィーさんからも多くを学んだ。

前回の長期滞在ではロシアのパダルカ船長から学んだ。520日以上滞在したベテラン。どんなに忙しいときでも食事だけは集まって話をしながら行った。

ISSの広さはジャンボの1.5倍ある。そこに3人だけだと一日実験でこもりきりになりお互い顔を合わせないこともある。

そんな中で食事のときに顔を合わせるのが大切とパダルカさんは考えていた。

食事の機会などをしっかり使ってコミュニケーションを図っていきたい。

時事通信:前回長期滞在ではきぼうの組立があった。今回の最大の課題とは

若田:古川・星出飛行士と同様きぼう、ISS全体の利用成果を最大限出していくことが使命。リーダーとしては全体のチームワークも高めていかなければならない。

これまで船長になった方は5か国から出ている。ガガーリン、アラン・シェパード、ヤン・ウィーレン…全員が軍のパイロット出身で鍛えられている。

自分は民間人出身だがNASDAJAXANASAが与えてくれた機会をしっかり役立てるよう努力したい。

ライター林:NASAマネジメント職を1年勤めてきた中での苦労、得たことを今回どう生かしていきたいか

若田:前回は訓練に集中し与えられた仕事をこなしていった。その後運用ブランチでのマネジメント経験で、訓練中、飛行中、帰還後のお手伝いをしながら問題解決のテクニックを学ぶことができたのが大きい。

この1年間JAXAの宇宙飛行士グループ長を務め、NASAの仕事も大きなチャレンジだった。有人宇宙活動の手法を学ぶことができたのは貴重な時間だった。

林:マネジメントが長くなり訓練の現場に戻りたいという気持ちか。

若田:現場に戻って新しい仕事に挑戦し、変化するのは楽しみ。環境を変えてある意味不均衡状態を作ることで人は進歩していけるのではないか。マネジメント、支援の仕事をすることで別の方向から宇宙開発を見ることができた。

日本の宇宙活動を新しい段階へ進めるためにも重要な経験をさせてもらった。

野口飛行士の最初のフライトはシャトル運行再開の大役だった。その時私も重要な仕事をした。周囲の人々とともに努力し、運行再開を成功させようとすることで大きな経験を得た。

今回は長期滞在の飛行士が問題を解決するための経験を得られた。

日経新聞:今回ソユーズで向かうことになるが意気込み、期待など。訓練の拠点はどこになるのか

若田:訓練の拠点はヒューストン。ジョンソン宇宙センターでの訓練が一番長いため。長期滞在を終えた飛行士はつくばで維持していくのがJAXAの方針。搭乗訓練はヒューストンが中心。

打ち上げと帰還はシャトルだったが前回飛行時にいったんソユーズに移る機会があったためソユーズに乗るのは今回2回目。前回もソユーズで上がる可能性があったためソユーズの訓練もしている。ソユーズで上がるのは初めてで大きな挑戦。

野口、星出飛行士はソユーズで大きな成果を上げている。

今ある有人宇宙船を使えるよう訓練することは日本がこれから有人をやっていく上でとても重要。

東京新聞:初めて船長に就任することの意義を若田さんなりの解釈で

若田:毛利さんの時代は宇宙を利用した実験分野から始まった。その後運用にたずさわるようになり長期滞在と、日本の宇宙飛行士チームは挑戦し活動を広げてきた。こうのとりの2回のミッションはとても順調、きぼうの成果も上がっている。最高水準のものを提供している。日本の宇宙技術への信頼感が上がっている。

そこへ日本の宇宙飛行士が新しい領域を広げていく中でリーダーシップをとることも大切。

人的貢献という意味では、海外で日本人の顔が見えるという点でも大きなこと。

NHKコマンダーに決まったことについてご家族の反応は

若田:家族はみな喜んでくれている。重要な任務であり前回の長期滞在では訓練も含めて家族には苦労をかけた。前回で慣れていることもあってか「がんばってね」と声をかけてくれた。

共同通信:連絡を受けた瞬間の気持ちを

若田:ISSフライトエンジニア、指揮官、マネジメントの訓練を受けてきたので、そのときが来た、重要な任務であることを改めて認識した。重責が肩にかかってくるという印象を持った。これからの経験、3年の準備期間を有効に使って、長期滞在のコマンダーとして任務をまっとうしたいという思いを新たにした。

朝日新聞:周囲の仲間から声をかけられたか。コマンダーを日本語でいうとどう言うのが適切と思うか

若田:仲間からは祝福の言葉をかけていただいた。仕事の仲間、友人、家族からも連絡をもらった。

コマンダーは「船長」と言っていることが多いと思う。宇宙船をshipと呼んでいることもあるからだろう。指揮官ともいうが船長が一般的な表現ではないか。

ライター林:前回の飛行は厳しい経験、忙しかったと言っていてカラオケなどやり残したことがあったと言っていた。今回なにをしたいか。また今後日本の宇宙開発の方向性について「有人宇宙船を開発する時代に」とあったが日本の将来計画について若田さんの考えを

若田:日本のすぐれた技術を生かしてこの分野で挑戦していける領域があるだろう。ロケット技術はH-IIAH-IIBで確立している。宇宙船を開発することで、人間が宇宙へ行くより多様な方法を獲得することになるしそういう方向で切磋琢磨していくべき。日本はそれができる。難しい課題に向かって技術開発をしていくことで技術立国として日本は存続していけるのではないか。

そのために有人開発は重要な道。「きぼう」でつちかった長期宇宙運用の経験、こうのとりで得られた宇宙船の技術、有人システムとしての安全性、技術蓄積をして有人につなげていくべきだと思っている。

日本は世界にほこれる深宇宙探査の技術をもっている。はやぶさなどがそうだ。優れた技術を高めていけるように。世界に貢献できるように努力していくべき。

前回の飛行でやり残したことがあるとは思っていない。重要な仕事は私たちが国家プロジェクトとして成果を出していくこと。前回も科学分野や芸術分野の実験、広報活動をしてきたので思い残すことはなく帰ってきた。

今回もさまざまな角度での利用を推進していけるよう努力したい。

産経新聞:これまで159日間滞在し今度も半年間。宇宙放射線被爆許容量も限界に近づいていく。最後の飛行になるかもしれないことについて考えを

若田:前回は放射線が少なく被曝限界にはまだ余裕がある。毎回、今回が最後かもと思いながら臨んできた。今回も全部出し切りたい。

同じ人が何度も飛ぶより、いろいろな人が飛ぶべき。新しい優秀な飛行士たちが訓練を受けている。その支援も私の大切な仕事。

宇宙飛行士の経験がないとできないこと、自分がなすべきことにフォーカスして若い仲間と一緒に日本の有人宇宙活動を高めていきたい。

テレビ朝日:今回のミッションでは若田船長のほかクルーは何人になるか。またテレビ的な質問だがいま着ているものが船長になると変わるところはあるのか

若田:面白い質問ですね! 船長がつけるものを作ってもいいかもしれませんね。今日もロシアの飛行士が活動をしている。

クルーの人数は前回の長期滞在では最初3人だけだった。空気のシステム上6人滞在可能になったところでソユーズを2機つけるようになった。それ以来5名ないし6名が常駐。

私が一緒に宇宙へ行く仲間は3人。それがソユーズの定員。ISSにはそのときすでに3人いるため6人のチームになる。4か月後、最初にいた3人が帰っていく。2週間3人で暮らし、またソユーズで3人上がってきて6人になる。

おわりに

広報の方からの「最後に一言お願いします」を受けて:

若田:今回このようなすばらしい機会を与えてくれたことに感謝したい。日本の宇宙飛行士として初めてコマンダーをするが日本の和の心を大切にしてチームをまとめていきたい。

メンバー全員が高い志をもって臨む。それぞれのゴールをしっかり理解してあげてチーム全体の成果を大切にしバックアップできる体制を整えてミッションに臨めるよう訓練していきたい。

このあと古川飛行士の長期滞在がある。向井飛行士の医学実験があったが古川飛行士も医師の経験を生かすだろう。

(以上)