「テレビは加算のメディア」

夕べBS2で「素数の魔力に囚われた人々」をやっていて、放送後のスタジオ座談の中で興味深い話が出ていた。

こういう数学ものの番組では、これの前にポアンカレ予想のもあって同じディレクターが作った。ポアンカレ予想のほうは解いた人が失踪したというトピックがあったので、そちらにも重心を置くことができ作りやすかった。「素数の魔力に〜」のように、数学の難問であるリーマン予想に正面から向き合う作りは苦労した、という話をうけて森達也がこんな話をしていた。

「テレビは加算のメディアだ。たとえば珍しい生き物を撮影してきても、それをそのままは流さない。スタジオにタレントを呼んで話をしてもらう。クイズ形式にする。VTRでは小窓にタレントの表情を映す。テロップを入れる。視聴者を引きつけるためにたくさん積み重ねておかないと、作る側が不安になってしまう」。

確かにその通りで、BSで放送されるハイビジョン特集だと淡々とした作りだったのが、地上波に乗るNHKスペシャル版では同じ内容でもタレントを呼んでいたりする。

そういうふうになってしまうのは、これも森達也がどこかで書いていたのだけどリモコンでザッピングできるようになったのが一因だ。視聴者に刺激を与え続けていないと、すぐにチャンネルを変えられてしまう。それが恐ろしいのだ。

以前、ハイビジョン特集で「遠い絆〜農民工たちの冬」という中国のドキュメンタリーをやっていて、これはテレビとしてはかなり引き算な作りになっていた。現地の取材映像のみで作られていてスタジオ映像はなく、音楽もほとんど入らない。ナレーションすらなく番組内の中国語は全部字幕で、現地で収録された音しか聞こえず臨場感がある秀作だった。

だけれど、これはじっくり腰を落ち着けて見ているからそう見られるのであって、途中から見始めた人はこれがなんの番組なのか、すぐにはわからないだろう。また言葉を吹き替えにしなかったのもいい演出だったがその結果、ながら見ができなくなっている。たとえば洗い物をしながら見ようにも、耳には中国語しか入ってこない。これはこれで確かによい作りなんだけれど、同時にちょっとハードルが高くなってしまっている。

テレビ番組は引き算の作りがいいといっても、見る側は映画館のように最初から最後まで画面に集中しているわけではない。そのぶん、映画とは違うとっつきやすさが必要なのだなあと思ったことだった。

  • 「遠い絆」について書いた記事:テレビ的でないが面白い演出のドキュメンタリー「農民工」 - Imamuraの日記(d:id:Imamura:20080521:docu

ただ視聴者の環境も変わりつつあって、デジタル放送では今やっている番組の内容をリモコンですぐに確認できる。dボタンを押すと追加情報を見られたりもする。見る側がそういう見方に慣れていけば、テレビ番組もまた違ったものになっていくかもしれない。

それから、みんな大好き「くもじいじゃ」の「空から日本を見てみよう」は、余分なスタジオゲストなどは出てこない。空撮を中心にもってくるアイデアで、お手軽だけど十分に楽しい街バラエティ番組になっている。こういう引き算もいいね。

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