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クローズアップ現代2月2日放送「私の人工呼吸器を外してください」書き起こし

昨日放送されたクローズアップ現代「私の人工呼吸器を外してください〜「生と死」をめぐる議論〜」がとても興味深かった。

医療の発達で、難病(ここではALS)の患者も、当面死なせないことはできるようになった。しかしALSが進行するとすべての運動機能が失われ、患者は意識がはっきりしたまま、自分の意志を外部へ伝えられなくなってしまう。

あるALS患者が、自分がこの先意思の疎通ができなくなったときには、人工呼吸器を外してほしいという要望書を病院に提出した。

この要望をどうとらえたらよいのか、また自分の意見をほかの人に納得してもらう考え方は。

病気や医療を超えてたくさんの示唆を含むと考えて、番組の内容を書き起こしてみた。(長いよ!)

いきなり追記(2009/02/05 13:54)

ALS 「NHKクローズアップ現代」(09/02/02)の感想から - シャ ノワール カフェ別館
http://d.hatena.ne.jp/kuronekobousyu/20090203/p1

これを読むと、患者さんやその家族によっては、番組の意図と自分たちが伝えたいことにずれがあったらしいことがわかる。

どちらが正しいということはないだろう。ALS関連のトピックとして広がりが出る記事だと感じた。

15:20さらに追記:番組への反応をいくつか紹介する記事を書きました(d:id:Imamura:20090205:clogen2

後日追記:そのほかの反応は以下にまとめました

番組紹介

「私の病状が重篤になったら、人工呼吸器を外してください」。こう訴えるのはALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者、千葉県勝浦市で暮らす照川貞喜さん(68)。今は呼吸器を付けて生活しているが、病状が悪化して意志疎通ができなくなった時点が自分の死と考え、死を求める要望書をかかりつけの病院に提出したのだ。病院は倫理委員会を設置。1年間にわたって議論が行われ、去年「照川さんの意志を尊重すべき」という画期的な判断を示した。しかし、現行法では呼吸器を外すと医師が自殺幇助罪等に問われる可能性があり、波紋が広がっている。患者が望む「命の選択」を社会はどう受け止めるべきかを考える。

クローズアップ現代 放送記録

番組書き起こし

※言葉はなるべく正確に聞き取りましたが、文章として理解しやすくするために句読点や単語の挿入、入れ替えなどを施しています。またその際、聞き違いや誤解にもとづいて修正しているところがあるかもしれません。

※画面の説明は特に、筆者の主観によっています。画面に映っているものすべてを描写するのは不可能だからです。なるべく制作者の意図をくむように書きましたが、そうではない部分がある可能性も大いにあります。

國谷キャスター:こんばんはクローズアップ現代です。

「病気が進行したら、呼吸器を外して死なせてほしい」。ある患者の訴えが、議論を巻き起こしています。

ナレーション(以下N):難病に冒され、人工呼吸器をつけて生活する照川貞喜(てるかわさだよし)さん。わずかに動くほほでパソコンを動かし、意志を伝えています。

(右ほほに空気を入れてわずかにふくらませるようにすると、センサーの反応音が出る)

N:照川さんは、「意志を伝えられなくなったら呼吸器を外してほしい」と病院に訴えました。

(ベッドに横たわり、枕を少し高くして頭を上げている照川さん。胸の上のテーブルにはノートパソコンが乗っている。画面には「あいうえお、かきくけこ…」の五十音表と、「声」「移」「文」などの操作アイコンが並ぶ)

読み上げソフトの声による要望書の抜粋:「人生を終わらせて貰えることは栄光ある撤退と確信しています」

N:病院の倫理委員会は、呼吸器を外すことを認めるという、異例の判断を下しました。

倫理委員会 委員長:意思を尊重してあげないということがむしろ反倫理、倫理に逆らうんじゃないかと。

(ALS患者の集会の様子)

N:そして今、患者や家族の間に大きな波紋が広がっています。

あるALS患者:神様からいただいた命を簡単に失うわけにはいかない。

N:患者が望む死を、周囲はどう受け止めればいいのか。生と死をめぐる議論についてお伝えします。

タイトル:私の呼吸器を外してください〜「生と死」をめぐる議論〜(No.2691)

(オープニング音楽終了)

テロップ:“死”求める要望書/広がる波紋

國谷:今夜お伝えします照川貞喜さんの訴えは、医療技術が進歩する中、日本ではタブーとされ、これまで向き合ってこなかった「生と死」の議論を真っ向から投げかけるものです。

20年近く難病と闘っている照川さんは、病気が進行し、意思の疎通ができなくなったら、苦しまないようにして、呼吸器を外して、死亡させてほしいという要望を病院に提出しました。そして病院の倫理委員会は、照川さんの要望を受け入れる決定を行ったのです。

これに対して病院長は、日本では呼吸器を外すことは、自殺の幇助や殺人の罪に問われる可能性が高いとして、倫理委員会の決定を受け入れることはできないとしています。

しかし照川さんの訴えは、いま大きな議論を巻き起こしつつあるのです。

人生最後の日々を患者本人が決定し、納得のいく日々を送りたい。切実な声に、社会はどのように耳を傾けていけばいいのか、問われています。

(ここからVTR)

(ここまでで3分20秒/全26分)

テロップ:“死”求める要望書/患者の訴え

(照川貞喜さんの自宅ベッド。照川さんの顔の前に、照川さんの妻が半透明の五十音表のアクリル板を立てて見せている。文字をひとつひとつ、裏から指さしながら、「こ」「ほ?」と一文字ずつ言葉を聞き取っている)

N:千葉県勝浦市に暮らす照川貞喜さん、68歳。ALS、筋萎縮性側索硬化症と呼ばれる難病の患者です。この病気は運動神経が冒され、全身の筋肉が次第に動かなくなります。いま動かせるのは、目と、右のほほだけです。

(右のほほが動くとセンサーが反応し、ピリリと音が出る)

N:わずかな動きを読み取るセンサーでパソコンを動かし、音声に変換して意志を伝えています。

読み上げソフトの声:「恵美子さん来てください」

照川恵美子さん:呼んでるの? なあに?

恵美子さん:ラジオ聞きますか? まだCD?

(「CD?」のところでセンサー音が鳴る)

N:「ピピピ」という電子音は、「はい」の合図です。妻の恵美子さんと訪問ヘルパーに24時間介護をしてもらい、生活しています。

照川さんが要望書を書き、病院に提出したのは、2年前のことでした。

(パソコンで文字を入力する様子。あ行、か行…とカーソルが移動していく。センサーで合図すると、その行のかな選択に移るものと思われる)

読み上げソフトの声:「残存機能が失われて、意思の疎通を図れなくなったら、私の希望通り苦しまないようにして死亡させて頂きたく、事前にお願い申し上げます」

N:要望書を書くまでには、20年近くに及ぶ心の葛藤がありました。

(健康だった頃の照川さん、制服を着て笑顔の写真)

N:警察官だった照川さん。49歳の時、病気が判明しました。仕事熱心で部下からも慕われていました。

(パジャマを着てベッドから少し体を上げ、妻の差し出したはがきへ視線を送る照川さんの写真。のどには人工呼吸器が装着されている)

N:3年後、呼吸をする機能が冒されて、人工呼吸器をつけました。しかし、不自由な体になっても、それまでの前向きな生き方は変わりませんでした。

車いすで「照川」の名札をつけている照川さんの写真)

テロップ:病院での講演会

N:照川さんは、ALSという病気の実態を多くの人に伝えるため、各地に出かけ、講演を行いました。

(書籍『泣いて暮らすのも一生 笑って暮らすのも一生』書影)

N:闘病生活をつづった本も出版しました。

泣いて暮らすのも一生 笑って暮らすのも一生

泣いて暮らすのも一生 笑って暮らすのも一生

N:「(本からの抜粋)体は不自由でも、心は自由」。当初は、呼吸器を外すという考えはありませんでした。

妻の恵美子さん:本人はやっぱり前向きだしまず第一に、一番前向きだったのは本人でしたからね。本人が前向きだから、周りも診られたと。

(個人商店の外観。看板には「ひじき/わかめ 照川商店」。照川さんの住まいと思われる)

N:しかし、呼吸器をつけたあとも止まらない病気の進行が、照川さんの考えを少しずつ変えていきました。

(照川さんの現在の様子。体はまったく動かず、介護にされるがまま)

N:声が出せなくなり、まったく歩けなくなりました。

(足を上げた状態で足首のマッサージを受ける照川さん。目にはアイマスク風のガーゼ? 眠っている間に眼球が乾燥するのを防ぐため?)

N:さらに、食べることもできなくなります。そしてある日、照川さんは絶望に打ちのめされました。

読み上げソフトの声:「右の薬指が予告もなしに、静かに機能を停止しました。ショックでした。誰も助けてくれません」

(電気を消した部屋で、ひとり休む照川さんの遠景。やがて照川さんの横顔へクローズアップ。その間、照川さんは微動だにしない)

読み上げソフトの声:「ALSはその程度のことでは許してくれません。そして情け容赦もなく、これでもかこれでもかと残存機能を奪っていきます」

N:さらに病気は進行しました。わずかに動いたひたいや、口の動きも止まってしまいました。

(夜、部屋の電気を消す妻の恵美子さん)

恵美子さん:おやすみなさい。

(真っ暗な部屋の中で照川さん、センサー音をピリリと鳴らして「おやすみ」の合図)

N:パソコンを操作するほほが動かせなくなれば、意志を伝えることができなくなる。まぶたを動かせなくなれば、なにも見えなくなる。

(就寝中の照川さん。目にはアイマスク様のガーゼ? が貼り付けられている)

N:意識がはっきりしたまま、暗闇に閉じこめられてしまうという恐怖心が、照川さんを追いつめていきました。

(書類がアップから引いていく。「呼吸器外しの依頼、清書、2」「平成19年11月9日」「亀田総合病院 院長 様」「主治医 □□□□ 様(引用者註:ネットの特性を考え、伏せ字にしました)」「千葉県勝浦市……照川貞喜」「立会人 妻」「今後の治療方針についての要望書」「……」)

N:どうしたら、恐怖から逃れることができるのか。照川さんは1年かけて、右ほほだけを使い、9ページにおよぶ要望書を書き上げました。

(照川さんのパソコンの画面)

読み上げソフトの声:「人は、動くことが出来なくて・意思の疎通も出来なくなれば、自分の話したいことや意見が言えなくて精神的な死を意味します」

(照川さんの固い意志を伝えるような両目のアップ)

読み上げソフトの声:「それにまぶたも筋肉ですから、ほぼ同時に閉じてしまうので、闇夜の世界に身を置くことになりとても耐えられません。

治療を停止して呼吸器を外して、自然の経過にまかせてください」

(こたつを照川さんはじめ、照川さんの子供や小さな孫が囲んでいる団らんのようす)

N:照川さんには3人の子供がいます。

(アクリル板の五十音表を裏から指さしつつ、照川さんの言葉を聞き取る息子さん。「わ」《センサー音》「わ?」《センサー音》……)

N:家族は、照川さんの要望にとまどいながらも、話し合いを続けました。

(照川さんと息子さんとの会話が終わり、なにかに対して笑う恵美子さん)

N:そして、恐怖心を取り除いてあげるためには、要望を受け入れたほうがよいと考え、全員で要望書に署名しました。

(要望書に書かれた子供3人と恵美子さんの署名、捺印)

長男 照川和久さん:自分が逆の立場だったとしても、ずっと暗闇の中でいなきゃいけないというのは、やっぱり耐えられないなと。そういう状態になったら、あまり長々と生きてはいたくないなと思う……と思うんですよね。

妻 恵美子さん:本人にとってすごくつらいことだろうというのは私にもわかりますからね。うん……そんなつらい思いをしてまでも生きていてほしいと言うことは、われわれ介護者というか第三者、本人以外の人間が言うことはごう慢ではないかと思いますよ。すごくつらいと思いますよ。今でもつらいのに、もっとつらい思いをさせろというのは。

(海岸)

車いすの照川さんを妻の恵美子さんが押している。照川さんは帽子にえりまき、サングラス姿。海を臨む小さな公園へ入っていく)

N:照川さんが散歩に出られるのは月に数回。生まれ育った地元の海を見るのを楽しみにしています。

まぶたを動かす力も、徐々に弱くなってきました。しかし、意志が伝えられる間は、出来る限りの活動をして、悔いなく生きたいと考えています。

(照川さんの顔のアップ)

読み上げソフトの声:(要望書より)「意思の疎通ができなくなるまでは当然のことながら精一杯生きる所存です。私は人生を終わらせてもらえることは“栄光ある撤退”と確信しています」

(VTRここまで、スタジオへ戻る)

(ここまでで11分17秒/全26分)

テロップ:“死”求める要望書/患者の訴え

國谷:もし自分が照川さんの立場だったらと、照川さんの訴えを読みまして、大いに考えさせられます。

今夜はノンフィクション作家の柳田邦男さんにお越しいただいています。

考え抜いた末の病院に出した要望書を柳田さんにも読んでいただいたんですけれども、どのように受け止められましたか。

柳田邦男:こういうふうにあらゆる機能が次々に失われていく、自分ではどうしようもなくなってついに最後はコミュニケーションもできなければ意思表示もできない。

そして視力も……視力というよりは目が開けられなくなって、いうならば海底一万メートルの深海に、ただひたすら暗闇の中で生きていかざるをえないという、こういう状況に置かれたときの苦しみというのは、われわれのような健常者がいくら想像しても追いつかないと思うんですね。だから、(ALSの苦しみが)わかりますとはとてもいえないですね。

今回も要望書を詳しく読ませていただくと、まったく想像もしなかったようなことが次々と起こって、それが(ALS患者を)いかに苦しめているかというのを、文面ではわかるんですが、感情としてね、こみ上げてくるような形での理解には、まだまだ私などほど遠いなと思うんです。

こういう患者さんが自らの意志決定、死を選びたいという意志決定、これを認められないというのは確かにね、過酷な社会状況だと思うんですが、その背景には、こうした患者さんにどう医学医療や、社会が対応していくのか、日本の社会の中でいまだに向き合ってこなかった。それがこの照川さんという一人の、生と死の選択の中で凝縮して現れている。

ですから照川さんの要望書を読みますと、そういう状況に置かれたときにいま社会になにが必要なのか、はっきり出てくるんです。

國谷:医療技術が進歩して、延命ということが可能になっているがゆえの、いわば生と死をめぐる議論を投げかけているわけですよね。

柳田:そうですね。現代医学というのは、人工呼吸器をつけることによって、延命のことを一生懸命やってきたんですけれど、その結果延命した先に、どうしてもそれ以上は苦しくて生きられないというときに、じゃあ延命装置をどこで外すのかっていうことについては議論なしで、そのところについては棚上げにしてきてしまった。そのことがいま問われているわけですね。

つまり、ただ、一分一秒を生き延ばすというだけではなくて、じゃあどこで、人間の生命というものを終わりとするのか、これを人工的に生かした場合にどうするのかと、とても難しい問題が問われている。この現代医学と社会のジレンマといっていいと思うんですが、それを照川さんが問いかけているということですね。

國谷:はい。そしてまさにその要望書を受け取った病院の倫理委員会は、どんな議論を経て(照川さんの要望を)認めるという結論に達したのか。そしてまた、照川さんの要望というものがどのような賛否の議論を巻き起こしているのか、ご覧いただきましょう。

(ここからVTR)

(ここまでで14分19秒/全26分)

(病院の外観)

テロップ:千葉 鴨川 亀田総合病院

篠田憲男記者(以下N):要望書は、照川さんが治療を受けている病院の倫理委員会に提出されました。

(倫理委員会が開催された会議室)

テロップ:患者が臨む“死” 認められるか?

テロップ:報告 篠田憲男/首都圏放送センター

N:議論に参加した委員は14人。医師や臨床心理士、そして外部からは市の教育長や、在宅医療を受ける患者の家族などが選ばれました。

照川さんの要望を認めるべきか、議論は一年にわたりました。

インタビュー:倫理委員会委員長 田中美千裕医師)

田中:(議論では)自分が照川さんだったら、自分がその配偶者だったら、自分がその家族だったら、と置き換えてものごとを考えるというのが思考過程で重要な位置を占めていたと思います。

本気で照川さんの意思を尊重してあげないと、そのことがむしろ反倫理、倫理に逆らうのではないか。委員のメンバーの多くが共感していたことだと思います。

インタビュー鴨川市教育委員会 長谷川孝夫教育長)

長谷川:自分の生きてきた証の一つとして、死に対する思いが出てくるのだろうと思っているところなんですけれども、それぞれの人(患者)が自分の歴史の重みを背負いながら(死について)判断してゆくところであるのかなと。しかしその思いは、やっぱり大切にしてあげたいなと。

(審議結果報告書の書面。「『ALS患者の人工呼吸器取り外しの要望』について」平成20年4月17日付)

N:去年、倫理委員会は、結論を報告書にまとめました。

「倫理上の問題はない」。照川さんの要望を全会一致で認め、病院長に提出したのです。

亀田総合病院による記者会見の様子/平成20年10月)

N:病院長は、刑事事件に問われる可能性があるとして、今の時点では要望は受け入れられないとしました。その一方で、患者の権利をどこまで認めるのか、徹底した議論が必要だと訴えました。

(会見での亀田総合病院 亀田信介病院長)

亀田:今後少しでも患者さんの選ぶ権利というものを、どこまで、どういう形であれば尊重していいのか。こういう議論を社会全体でしていかなければいけない、とつくづく思います。

車いすの照川さんが廊下を進む)

テロップ:千葉 東金

N:照川さんの要望を、(ALSの)患者や家族も、様々な思いで受け止めました。

(照川さんがホールへ入っていく。入口には「日本ALS協会千葉県支部 講演会会場」と張り紙)

(ALS患者やその家族、関係者が円になり、討論会が行われている)

N:照川さんが支部長を務める、患者団体の会合です。

(照川さんの前にかざした五十音表を指が動いていく様子)

N:自分の要望についてどう思うか、照川さんは問いかけました。

照川さんの妻、恵美子さん:「私の意見を取材していただく機会がありました。みなさんはいかがですか」って本人は聞いております。

(別のALS患者が、やはり五十音表で言葉を伝えている(照川さんの表とはレイアウトが異なるように見える))

ALS患者の付き添い:「わたしも照川さんとまったく同じ意見」だそうです。

会場から:照川さんがおっしゃっている問題については、わたしは同感だと思います。(ALS患者の)家内も同感だと思っています。

N:賛成の声が上がる一方、命を自ら縮めることはとうてい納得できないと訴える人もいました。

会場のALS患者(肉声):神様からいただいた命を簡単に失うわけにはいかないと思います。

N:いま、全国の患者や家族から、さまざまな意見が照川さんのもとに届いています。

(住宅地の映像)

テロップ:秋田 大潟村

(ダイニングキッチンで大きな器具につるされて、室内を移動するALS患者)

N:20年間、呼吸器をつけて生活している松本茂さんです。照川さんが呼吸器を外すことに反対しています。

(松本茂さんと照川さんが車いすで、お互いに妻をともなっての集合写真。「平成9年6月21日(土)」と書かれている(ように読める))

N:二人は10年以上前に知り合い、家族ぐるみでつき合ってきました。介護や患者の生き方についても、意見を交わしてきました。

(松本さんがコンピュータで文字を入力する様子)

N:なぜ照川さんの考えに反対なのか。松本さんは、ひたいとあごでパソコンを操作して、答えてくれました。

読み上げソフトの声:「いちどしかないいのち。いきてもらいたい。しんだらおわり。」

「ながいきをしてもらいたい。ALSでも、なおるひがくるかも。」

(松本さんの人工呼吸器のパイプを、カメラがゆっくりとたどる)

N:そして松本さんが、なにより心配していることがありました。

呼吸器を外すことが制度で認められると、患者は本意ではないのに、(呼吸器を)外すことを選択してしまうかもしれないというのです。

読み上げソフトの声:「あんらくしほうりつができたら。いきていけなくなる。呼吸器をつけるのが。ざいあくになる。こんなにたのしいじんせいがあるのに。」

N:家族に介護の負担をかけないために、患者が死を選んでしまうかもしれないと懸念しています。

松本さんの妻、類さん:気がねですね。社会とか家族とか、いろんなことに対する気がねとか思いというものがあるのかなと。

(自宅で、ベッドの松本さんに印刷物を見せつつ読む類さんの遠景)

類さん:本当にこれから、まだまだ生きてもらって、こんなふうに当然生きていけるような社会にね、なってもらいたい。

(照川さんの要望書のアップ。「呼吸器を外して死亡させていただきたく……」の文字)

N:人工呼吸器を外してほしい。照川さんの要望書の訴えにどう答えたらいいのか。

(照川さんのアップ)

N:私たち一人ひとりに突きつけられた、重い問いかけです。

(VTRここまで、スタジオに戻る)

(ここまでで21分9秒/全26分)

テロップ:患者が臨む“死”/認められるか?

國谷:ここからは、照川さんや患者の方々の取材を続けています、首都圏放送センターの篠田記者にも加わってもらいます。

篠田さん、倫理委員会は(意思の疎通がとれなくなったときに照川さんの人工呼吸器を外すことを)認めたものの、病院長は刑事罰に問われる可能性があるために受け入れられないと。

またいろいろな賛否の議論が巻き起こっているこの状況を、照川さんはどのように受け止めているのでしょうか。

篠田記者:はい。照川さんはわたしが取材にうかがっても、ほほの動きでしっかりと自分の考えを伝えてくださるんですが、要望書を提出したことは結果はどうあれ、よかったというふうに考えているんです。

照川さんは20年の長い葛藤の中で、死の選択が本当に許されるのかどうかをずっと考えてきました。

このことは海外では関心が高くて、死の選択を容認する法律ができたり、また逆にそれは認められない、と法律案を国会が否決したりする動きが出ています。いずれにしても、活発に議論がされているのです。

一方、日本では、患者が深い苦しみや悩みを抱えて、呼吸器を外す行為を選んだとしても、殺人罪など刑法で切り取られてしまうだけなんです。患者の思いを受け止めてもらえないのかと、照川さんはこうした現状に疑問を感じています。

自分の思いを込めた要望書をきっかけに、議論が進んでほしいと願っています。

國谷:柳田さん、照川さんがおっしゃっているのは、自分にとっては精神的な死に匹敵するので「“栄光ある撤退”をさせてほしい」という言葉を使って要望していらっしゃるわけですけれども、刑法だけでは語りきれない議論、社会が受け止める準備というのは、やはりできていないんですね。

柳田:そうですね。照川さんは慎重に「尊厳死」や「安楽死」という言葉を使わないで、「最後まで生き抜きます、だけど最後に“名誉ある撤退”を」と表現しているんですね。これにはとても深い意味があるし、20年の重みというものがそこに込められていると思うんですね。

それにどうこたえていったらいいのか。先ほど言ったように現代科学のジレンマというものに対して、まず第一に考えなければいけないのは、人間の命というのは生物学的な命だけではない、精神性を持った命という部分が非常に重要で、それは体が動かなくなったり意思表示ができなくなったりしたときに、とてもつらい問題としてかかってきます。

ですから、その精神性の重要性ということを、今までないがしろにしてきたものをしっかりとまず前提条件として認めるということ、それは一人ひとりの個別性のある命、個別性のある生と死というものを社会が認めていく。一律に線引きするものではないということですね。

では具体的にどうすればいいかというと、こういうとき行政などは、多くの公害病の認定などにおいてすぐに線引きをしますけれど、そうではないあり方(が必要です)。

では刑法は対応できるかというとできないですね。そうすると、刑法を超えた論理が必要になってくる。

刑法はとりあえず棚上げするという形で、別の法律を作って対応しなければいけないわけですが、そのためには倫理委員会のようなものを二重構造で作る必要があるんじゃないか。

それは現場や本人の気持ちを詳しくわかりリアルに実感できる、現場の医療機関の倫理委員会、今回亀田病院がそうでしたけれど、そういう委員会でとことん議論してなおかつ死を選んだ場合に、それは日本人にとってどんな意味があるのか、これからの社会制度にとってどんな意味があるのかを、より全体的な視野を持った専門家や、あるいは闘病経験者や難病患者たちが本当にとことん議論する(ために)、国レベルの第三者機関的な倫理委員会というものが必要ではないか。

そしてその倫理委員会で議論したこと、出した結論が絶えずオープンにされて、国民全体がその議論に参加できる、あるいは関心を持てる(ようにする)。

そしてひとつの結論、たとえば今回の照川さんになんらかの結論を出した場合に、それが裁判の判例のように線引きのための前例ではなくて、次の方にはまたその次の方の個別性、生と死の個性というものを十分議論して、その人の人生の中でもっともいい形の結論を出していく。

それを5年、10年と積み重ねていく努力、これが必要であると。

そしてまた、本人がいろいろと気がねしないような社会支援のシステム、どんなに苦しんでもそれを支えていくような社会システムが必要ですしね、そしてそれがまた生きている人をたたえる、その精神性の命をたたえる、そういう文化というものが必要だと思いますね。

國谷:どうもありがとうございました。

ノンフィクション作家の柳田邦男さん、そして首都圏放送センターの篠田記者とともに、照川さんが投げかけた訴え、生と死の議論についてお伝えしてまいりました。今夜はこのへんでお別れです。

(終わり)

http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku2009/0902-1.html