「『本を出す』より『本を作る』ほうが好ましい」(d:id:Imamura:20060414:book)の続きとして、以前作ってコミケで売った同人誌の話を。
以前から書こうと思っていたけれどなかなか書けずにいたところ、コミケ代表の米澤さんが亡くなってしまったのでお礼も兼ねて。
ゲームセンターに行くのが好きな人にとって、どこの店にどのゲームが置いてあるかの情報は貴重である。新作ならばともかく、何年も前のマイナーなゲームとなると、置いてある店を見つけることすら難しい。
あのゲームで遊びたい、でもどこに置いてあるのかわからない。そう考えているゲーマーはたくさんいるだろう。そしてそれは自分も同じだ。とはいえ、どこにどんなゲームが置いてあるのかわかるものなど、誰も作りそうにない。
じゃあ自分で作ってしまえと考えたのだった。
当時考えたコンセプトは「『ぴあ』のゲームセンター版」である。
「ぴあ」の映画欄には、どの映画がどこの映画館で、どんなスケジュールで上映されるかが載っている。また、映画館の場所がわかる地図や、映画のタイトルから上映館がわかる索引もついている。
これをアーケードゲームに置き換えてやってみよう。
ゲームセンターへ行って、置いてあるゲームのタイトル、1プレイの値段、大型筐体ものは筐体の種類、連射装置やヘッドホン端子の有無(マニアだね〜)などを全部メモする。これらを、できるだけたくさんの店について調べてまとめる。さらにそれぞれの店の地図と、ゲームのタイトルから置いてある店を引ける索引をつける。
調査エリアをどうするか。都心全部のゲームセンターを回るのは無理である。どこにゲームセンターがあるのかを知っている街でないと、調査の効率が悪い。また調査に時間をかけすぎると、最初に調べた店の情報が古くなってしまう。
そこで、調査する場所を新宿、渋谷、池袋、神保町に絞ることにした。
調査開始はなるべく遅くし、コミケの2週間くらい前。昼はゲームセンターを回り、夜はデータをまとめていく。それぞれの店に番号を振り、地図を描いて場所を書き込む。索引を作る。店の雰囲気などの寸評も書く。完成した原稿をコピーして、折ってホチキスで留める。最後に、製本屋の友人に頼んで、めくりやすいように小口を裁断してもらう。おかげで、中綴じのコピー誌としてはなかなかの質感になった。
こうして、ゲームセンターの場所と、そこに置いてあるゲームが全部わかる同人誌ができ上がった。
本のタイトルは「ロケーションマップ」とした。「ゲームセンターマップ」ではベタすぎる。ゲームセンターのことを「ロケーション」とも呼ぶことから、この名前にした。今思えば「ゲーセンマップ」でいいじゃん、わかりやすいし、という気もするが、当時はそれなりに考えた名前である。
「ロケーションマップ」は、1990年と1992年の夏コミで販売した。特に92年版の製作は、90年と違って準備に全力を傾けることができた。といっても、神保町の情報は調べられないまま時間切れとなり、店の場所を書き込んだ地図を作るのが精一杯。おまけに製本ではあてにしていたコピー屋を使えず、コミケ前日にあたふたすることになってしまった。
なんとか製本できた50冊を、晴海のコミケ会場に持ち込んで設営した。開場は10時である。完売できればいいなという程度に考えていたが、開場と同時にどんどん人がやってくる。驚いたことに1時間で売り切れてしまった。そのあとは、代金と送料をもらって住所を聞き、増刷分を後日発送することにした。増刷時には神保町の情報も追加したので、コミケで買ってくれた人には申し訳ないとも思った。
「ロケーションマップ」の販売価格は300円。1冊の制作原価(コピー代がほとんど)が200円強だったので、単純に繰り上げた。もう少し商売っ気があって、中身の価値を冷静に判断すれば500円くらいでもよかったかもしれない。なにしろこの本は、欲しい人が確実にいるとわかっていて、でも実際に作る人は自分のほかにいなかっただろうから。
最終的な販売部数は150部ほどで、利益は約1万円。かけた時間や交通費、コミケの参加費などを考えると、利益はほとんどない。しかし、自分が作りたいと思った本を作ることができ、それをたくさんの人に買ってもらえた満足感はたっぷりと残った。
「ロケーションマップ」の前後には、友人が作るゲーム系の同人誌にイラストやマンガを載せてもらったり、自分のイラストと文章をまとめた簡単な個人誌を作ったりもした。しかし、企画としての手ごたえがあり、またそれを満足のいく作りにできたと思えるのは、92年版の「ロケーションマップ」だけである。
これに満足したのと、ゲームセンターにあまり行かなくなったこともあって、「ロケーションマップ」は1992年以降作らなかった。同じ企画を誰かがやってくれるならその本は欲しいけれど、自分で作るほどの意欲はもう出ない。
職業として本を作るようになると、買ってくれる人の顔が見えにくくなると感じる。イベントでの即売など特別な状況を除けば、仕事で作った本を誰かが買ってくれる現場は、まだ見たことがない。
同人誌は、自分が作りたい本を自分で作りたいように作れる。コピー誌ならば、印刷や製本も自分の手で行うことになる。そしてそれを自分の手で売る。これが楽しいのだ。
どうですかこの本、面白いと思うんですが欲しくないですか。ぜひ買ってください。そして自分の本が売れたときの喜び。そう、それはまさに「自分の本」である。売れるも売れないも、すべての責任を自分で負う。その代わり、胸を張って「自分の本」と呼べる本を作れるのだ。
同人誌を作るのは楽しいよ。
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追記
現物が出てきたので書影と中身の写真を追加。しかし寸評やあとがきを読み返してみると、文章が悪い意味で若々しくて恥ずかしい。